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純血を重んじる魔法使い達は、長い歴史の中で純血同士の婚姻を繰り返してきた。
その結果、殆どの純血の家系が血縁同士という事態に陥っている。
近親婚は子供に何らかの異常をもたらす可能性が高い。
数限りある純血の家筋同士で婚姻を結ぶ際、彼らはあまり血が近くなり過ぎないよう気を付けていた。

「従兄妹では近過ぎる」

だから、息子にそう告げたマルフォイ家の当主の言葉は、ある意味当然の事といえる。
しかし、ルシウスに承服出来るはずがない。
クロリス…愛しい、彼の従妹。最愛の小さな姫。
ルシウスは幼い頃からずっと彼女一人を愛してきたのだ。

「私はクロリス以外の女を妻に迎えるつもりはありません」

抑えてはいるものの、冷えた声音には激しい怒りが滲んでいる。
父親は精一杯の威厳を持たせた声で再度告げた。

「ブラック家とは古くから親交があり、縁談を断るわけにはいかん」

ルシウスの氷の色をした瞳が更に苛烈さを増した。
当主は更に言い添える。

「ナルシッサは素晴らしい娘ではないか。何が不満なのだ?」

「確かに、ナルシッサはマルフォイ家に迎えるには申し分ないでしょう。ですが、ナルシッサは私が愛している『クロリス』ではない」

「ルシウス…」

当主は苦虫を潰したような表情になった。

「お前がこだわる理由はわからんでもない。私もクロリスの事は可愛く思っている。しかし、従兄妹同士ではあまりにも血が近過ぎるのだ」

それを言うならば、ブラック家とも血は混ざっているはず。
純血の家系で血縁関係のない家はもうないのだから。
ようは、ブラック家と婚姻によって結び付く事により得られる恩恵に眼がくらんでいるだけなのだ。

「あくまでも反対されると言うなら…」

ルシウスは静かに杖を取り出した。
ギョッとした顔をする父親にピタリと杖先を向ける。

「無理矢理にでも従って頂きましょう」

「私に…実の父親に服従の呪文をかけるつもりか?」

それでもルシウスが揺らがないのを見て、当主は深く溜め息をついた。

「何故だ、ルシウス。何故、そこまでクロリスにこだわる」

知恵の実を食べたから
思わずそんな言葉が口をついて出そうになり、ルシウスは瞳をすがめた。
何も知らなければ、彼とてこんな真似はしなかっただろう。
だが、自分は知ってしまったのだ。
蛇にそそのかされたイヴは、禁断の果実である知恵の実を食べた事により、自らの境遇を知った。
無垢な存在だったものが羞恥を知り、欲を覚えた。
ルシウスもまた自らの真の望みを知ったのだ。
あの、甘い唇。
彼を信じて疑わない純粋な愛情に満ちた眼差し。
柔らかな体の温かさ。
ルシウスは改めて父親を冷たく睨み据えた。

「愛しているからですよ」



部屋で黒猫をあやしていたクロリスは、ふと顔を上げた。
奇妙な微笑を浮かべたルシウスが、いつの間にか側に立っている。

「おいで、クロリス」

ルシウスはクロリスを抱き寄せると、腕の中に包み込むようにして柔らかく抱擁した。

「父上からお許しが出たよ」

「本当?」

「ああ。これで、もうずっと…君と一緒にいられる」

愛しい少女の耳元で囁くルシウスに、黒猫はルビー色の瞳を細めた。
そそのかしたのは、蛇ではなく猫。
禁断の果実を味わったものは、二度と無垢な世界には戻れない。


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