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あれは確か、クロリスが四歳か五歳頃の時のことだ。
いつものように従兄の家へ遊びに来ていたクロリスに、おやつとしてショートケーキが出された。
午後のお茶の時刻には、大抵美味しそうなスコーンやらサンドイッチやら、外国の菓子などで、丁重にもてなされていたのである。

「さあ、お食べ」

ルシウスが優しく微笑んで言う。
彼はもともと利発な少年であったが、ホグワーツに入学してからは更に落ち着きを増して、その容貌もあってか歳よりもずっと大人びて見えるようになっていた。
身長もみるみる伸びている。

クロリスはこくりと頷いて、フォークを握った。
一口分を切り取って口に運ぶ。
その様子を見守っていたルシウスも、同じようにケーキを食べ始めた。
しなやかな指でフォークを操り、食べる。
厳しく躾られてそうなったと言うよりも、生まれつきの優雅さとも言うべきものが、そんな些細な仕草にも表れている。
それをじっと見ている内に、クロリスはルシウスのケーキのほうが美味しそうに見えることに気が付いた。
生クリームは何処までも白く、雪のよう。
アクセントになっている苺は赤く、つやつやとして見える。
クロリスは従兄の袖を軽く引いて、交換をねだった。

「兄さま、そっちのケーキと取り換えて」

「いいとも」

渋ることもなく、あっさりとルシウスはケーキを差し出す。
クロリスは嬉しそうににっこりした。
ルシウスに譲って貰ったケーキから、ふっくらと赤い苺を取って頬張る。

「美味しいかい?」

「…………うん」

美味しい…はずだった。
交換して貰ったのだから。
なのに、今度は、ルシウスの手元にあるケーキのほうが美味しそうに見えてきて、クロリスはフォークを置いた。
何故か、意地悪をされているような気がして悲しくなる。
訳のわからない感情がこみ上げてきて、ポトリ、とテーブルクロスの上に涙が落ちた。

「クロリス?」

驚いたのはルシウスだ。
可愛い従妹がうなだれて泣き出した理由がわからず、慌ててその小さな体を抱き寄せる。

「ケーキが美味しくなかったのかな? いま別の菓子を……」

クロリスは首をふるふると横に振った。
ケーキが不味い訳ではないが、なんと説明すれば良いのかわからない。
すると、ルシウスはクロリスを自分の膝に抱き上げて、あやすように頭を撫でてくれた。
純白のハンカチを取り出し、そっと涙を拭うと、彼はフォークを取ってケーキを掬った。
整った指先が上品な手つきでケーキをクロリスの口元に運ぶ。

「泣かないで……さあ、あーんしてごらん」

クロリスはしゃくり上げながらちょっと赤くなった。
まるで、わぁわぁ泣く赤ちゃんに戻ってしまった気分だ。
でも、さっきまでもやもやしていた胸がじわりと温かくなっていく。
クロリスは素直に口を開けた。

「あーん」

甘い。
ルシウスが食べさせてくれたケーキは、とても美味しかった。
それでクロリスはようやく気付いたのだ。
ルシウスが食べていたから、美味しく見えていたのだと。


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