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恋は神聖なる狂気とはよく言ったものだ。
確かに私は狂っているのかもしれない。

ルシウス・マルフォイはテーブルの上に頬杖をつき、憑かれたように傍らの少女に見入っていた。

淡いピンク色をした唇が開く。
赤く熟した苺を咥える。
咀嚼する動きに合わせて愛らしい口元がもぐもぐと動き、ややして、白い喉もとが上下する。

視線を感じたのか、クロリスがこちらを向いた。
手に持った銀色フォークには新たな獲物が捕らえられている。
情欲が首をもたげてくるのを感じながら、ルシウスは瞳を細めた。

「兄さま」

「なんだい?」

「兄さまも苺が好きなの?」

どうやら見つめるうちに自然と唇が綻んでいたらしい。
美味しそう、といいたげな顔で微笑んでいたから、とクロリスが笑う。
ある意味では正解だ。

「そうだね…せっかくだから、ひとつ貰おうか」

今の自分は、果たしていつものように優しく笑えているだろうか。
舌なめずりをしているような、邪な欲望を剥き出しにした顔をしているのではないだろうか。
しかし、愛しい従妹はまったく警戒した様子もなく嬉しそうに微笑んでいる。
その笑顔から読み取れるものは、大好きな従兄と好物を分けあう事への純粋な喜びのみ。
呆れるほどに無防備だ。

「食べさせてくれるかい?」

クロリスはこくりと頷き、既にフォークに刺さっていた苺を素直に差し出してよこした。
これが、明るい陽の下であれば、あるいは───
いや、やはり同じかもしれない。
それどころか、陽光に晒されるクロリスの肢体を思って、より深い劣情に囚われていた可能性もある。
男を知らぬ無垢な少女の身体にオスの味を教え込む喜びを味わいたい、と。
いずれにしても、その欲望からは逃げられなかったはずだ。

「はい、兄さま」

可愛らしい声に促されて口を開く。
先程までクロリスがそうしていたように、苺を咥え、口中で噛み砕き、飲み込む。
甘酸っぱい果実の味が心地よく舌に絡み、広がっていく。

「有難う。とても美味しいね」

礼を述べると、クロリスはまた嬉しそうに微笑んだ。
苺はよく熟しているが、クロリスのほうはまだもう少し──そう、あともう少しだけ熟すのを待ってもいいだろう。
そう思えたことで、身体と脳を蝕み続けていた熱がようやく引いていった気がした。
テーブルの下でステッキから抜きかけていた仕込み杖を再びしまいこむ。
苺を食べながら、どの魔法をかけるのが一番容易い方法か、ずっと考えていたのだが、あともう少しだけ待つとしよう。
焦って無理強いせずとも、時期がくれば必ず彼女は己のものになるはずなのだから。

「もうひとつ食べる?」

「ああ、頂こう」

今にも落ちてきそうな果実の下で、とぐろを巻いて、やがて訪れるその時を待てばいい。


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