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父から正式にマルフォイ家の家督を継いで以来、アブラクサスは魔法界における名誉職を複数兼任していた。
ホグワーツの理事の仕事もその一つだ。
凡庸なディペットからダンブルドアに校長が代替わりしてからというもの、アブラクサスのもとを訪れる客は跡を絶たない。

「──というわけで、是非、便宜をはかって頂きたいのです」

今日も一人の青年がアブラクサスを頼ってやって来ていた。
しかし、ここはウィルトシャー州のマルフォイ邸ではない。
ホグワーツの回廊だ。
アブラクサスはやや冷めた表情で青年の顔を見据えた。
冷ややかな青灰色の瞳に真正面から注視された青年は、一瞬たじろいだ様子を見せたものの、それで尻尾を巻いて逃げ出すほど臆病者でもなかった。
わざわざホグワーツで待ち伏せて突撃をかけてくるだけはある。

「あ、貴方は魔法省大臣の親友だと聞いています。私の父のことはご存知でしょう?」

「勿論、存じあげている」

美貌に相応しい物憂げな声でさらりと言って、アブラクサスは唇の端を吊り上げた。

「横領が発覚して、先頃厳しい処分を下されたばかりと伺っているが、父君はお元気ですかな?」

「え…ええ、まあ…お陰様で」

青年の顔が盛大に引きつる。
アブラクサスは内心でこの青年に対する最終判断を下した。
やる気だけは認めよう。
しかし、熱意が空回りしては肝心な結果が出せない。
毒にも薬にもなりそうもない人物だ。
父親はそれなりに腐った大物ではあったが、どうやら息子は父ほどの悪人の器はないらしい。

「おじさま!」

喜びに弾んだ愛らしい声が殺伐とした空気を破って響き渡る。
見れば、一人の少女が回廊の向こうの端からこちらへ駆けてくるところだった。

「そんな風に走っては危ないよ、なまえ。転んでしまう」

アブラクサスが微笑みながら腕を広げる。
温かく柔らかな身体がぶつかってきて、すっぽりと誂えたようにその胸の中に収まった。

「平気です。ほら、転ばなかったでしょう?」

年の離れた男の胸に猫がそうするように甘えて頬をすり寄せていた少女は、そこでようやく自分達以外の人間がその場にいる事に気がついたようだ。
たちまち白い頬が赤く染まっていく。

「あ、あの…ごめんなさい…お話中だったんですね」

「構わない。もう済んだところだ」

言外にこれ以上話すつもりはないのだと匂わせてそう告げると、青年はモゴモゴと口ごもったが、反論はしてこなかった。
ただ、それでもやはり何か言わねばと思ったのか、

「親戚のお嬢様ですか?」

と作り笑いを向けてきた。
あわよくばという目論見を感じさせる言葉に、アブラクサスはクスリと笑みを漏らす。

「いや。私の婚約者だよ」

愛おしげな手つきで少女の頬を撫でながら言ってやれば、今度こそ青年は言葉を失ったようだった。
呆然というか、愕然とした顔で交互に二人を見遣り、二の句が告げないでいる。
先程の評価は正しかった。
本当にこの青年は半端な野心家に過ぎない。
真に権力を得たいならば、彼女の顔を知らないなどという事はあり得ないからだ。

「おや、ご存知なかったのかな? 彼女は魔法省大臣トム・リドルの愛娘なのだが」

青ざめたり赤くなったり、めまぐるしく顔色を変化させている青年に、わざとらしく殊更丁寧な言い方で挨拶をすると、アブラクサスはなまえの背に手を添えて歩き出した。
とんだ邪魔が入って遅れてしまった、愛する婚約者との逢瀬を堪能するために。


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