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意外と言えば意外。
"らしい"と言えば"らしい"。
涼しい顔のまま幼い娘の世話を焼くリドルの姿を眺めながら、アブラクサスは口元に運んだティーカップの影で密やかに微笑んだ。

「君がそんなに子煩悩な父親になるとは思わなかったな」

これは半分嘘で半分真実。
トム・リドルの生い立ちや気性を考えれば、孤高の人生を送ったとしてもおかしくはない。
しかし、彼の側には彼女がいた。
愛を知らなかったリドルに愛を与え、傷付いた心を癒してくれた彼女が。

「魔法省に入ったのも意外だった。てっきり闇の魔法使いの組織を率いて魔法界の転覆を計るのではないかと思っていたのに」

「そうなると、お前は僕の腹心の部下か」

娘の柔らかい頬についたクリームをハンカチで拭いてやっていたリドルが笑う。
小さな手でフォークを握り、ケーキを食べている彼の娘が大人しくされるがままになっている事から、これが日常的に行われている行為なのだとアブラクサスには分かった。
思えば、この男は口ではあれこれ意地悪を言うくせに、今はリドルの妻となった彼女に対しては何くれとなく世話を焼いていたものだ。
面倒見の良さはホグワーツ時代から変わらないのかもしれない。

「おじさま、ごちそうさまでした」

そう躾られているのだろう。
ケーキを食べ終えたなまえはフォークを置くと、アブラクサスにきちんと礼を言った。

「どういたしまして。おいで、なまえ。今度は私が抱っこしてあげよう」

あからさまに嫌そうな顔をするリドルの膝から降りたなまえが、素直にアブラクサスの元へ歩いていく。
警戒心の無さは母親譲りだな、と心の中で笑って、彼は友人の娘を膝の上に抱き上げた。
瞳を細めて、自分の膝の上に座っている幼い少女の顔を覗き込む。

「なまえ・ソフィア・リドル。私の可愛い白雪姫は今年で何歳になるのだったかな?」

「ななさい」

アブラクサスは小さく柔らかい手を取り、その甲に恭しく口付けた。

「そうか、では後十年ほど待てば良いのだね」

「待て」

リドルの不機嫌な声が鋭く割って入る。

「娘は嫁に出さない。他をあたれ」

「ああ、娘を溺愛している世の父親は皆そう考えるらしいね。しかし、現実にはそうはいかない。いつかは他の男のものになるのだよ、諦めたまえ」

「お前にそういう趣味があるとは知らなかった」

「そういう趣味も何も。今直ぐ手を出そうというわけではなく、ちゃんと成人まで待とうと言うのだから、その点は評価して欲しいな」

なまえの額に唇を寄せると、くすぐったいのか少女はクスクス笑う。
そうして、アブラクサスは静かに怒り狂っている友人へと微笑を向けた。
彼は本当に変わった。
それでいて、まったく変わらない。

「紅茶のお代わりはいかがかな? 未来の父上」

「…杖を抜け、アブラクサス。10年後と言わず、二度と馬鹿げた寝言を言えないよう今すぐ始末してやる」

和やかなアフタヌーンティーから一転、修羅場と化したティーサロンの窓の外では、リドルの娘なまえが生まれた年に植えた白薔薇のアイスバーグが、『白雪姫』の別名に相応しい清楚な美しさで庭を彩っていた。


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