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乾いた音が鳴った。

周囲が石壁だった為、やたらと響く。
痛いというよりも熱い頬を片手で押さえながら、これくらいあからさまなほうがいっそ解りやすくて好感が持てるな、となまえは思った。
直接文句を言ってくるわけでもなく、ただジメジメねとねとした目で遠くから見られるより、ずっといい。

「売女」だの「アバズレ」だの、なまえの目の前の女は激昂したまま散々な言葉でなまえを罵り続けている。
それはそのまま、激情とも呼べるほどの想いの裏返しなのだ。
つまり、コレは嫉妬から来る八つ当たりなのだった。

かわいいなぁ。
素直にそう思った。
彼女は全身全霊で恋をしている。

「聞いてるの!?」

再び振り上げられた白い手を、背後から伸びてきた手が掴んだ。
そのまま後ろに手を捻られた女が苦痛に呻いた。

「…これは、どういうことかな」

静かな──それでいて激しい怒りを底に秘めた声音で問いかけられ、女は息を飲んだ。
その手を掴んでいるアブラクサスは、表情こそ冷めてはいたが、激怒しているのは明らかだった。

「…だ…だって、この女が……!」

言いかけたその身体を赤い光線が撃ち抜く。
悲鳴をあげて倒れた女を、アブラクサスは相変わらず冷えた目で見下ろした。

「こういう手合いはまともに話そうとするだけ無駄だ、アブラクサス。くだらない戯言を山ほど聞かされる羽目になるぞ」

「確かに」

くるりと杖を回転させてからそれをポケットにしまったリドルに、アブラクサスが軽く肩を竦めてみせる。
それから彼は、一転して心配そうな面持ちになってなまえの頬に優しく触れた。

「大丈夫かい?可哀想に…」

そっと頬を撫でてくる手は、とても優しい。
しかし、どれほど優しくとも、やはりこの人は『喰らう側』の人間なのだ。

「その調子で精々甘やかしてやれ。僕はこれを始末してくる」

床に投げ出された、ぐんにゃりとした手を靴先で軽く蹴ってリドルが言った。
優等生の仮面を脱ぎ捨てた彼は、残酷さを隠しもせずに、更なる苦痛を彼女に与えようとしている。
拷問しようとしているのだ。

なまえは彼の目の中に赤い光がちらつくのを確かに見た。
それはぞっとするような光だった。
そして彼は、なまえがすべてを理解していることを知って笑っていた。

そう。
なまえをここに呼び出した女生徒は勘違いをしていたのだ。

二人の男をもてあそぶ女。
彼女にはきっとそんな風に見えていたのだろう。

でも、真実は違う。
弄ばれているのはリドル達ではない。

囚われているのは誰か。
支配しているのは誰か。

リドルが、なまえの支配者が笑っている。

「…ごめんなさい」

なまえは震えながら謝った。
そうせずにはいられなかった。
僅かに目を見張ったアブラクサスが、柔らかく微笑んでその身体を抱き寄せる。

「謝ることはない。大丈夫、何も心配いらないよ」

リドルはまだ笑っている。
彼はアブラクサスと違って、なまえが何に対して謝っているか知っているのだ。
知っていて、逃がすつもりも哀れむつもりもなく、ただ愛おしげになまえを見つめている。

「私達に任せておけばいい。君は何も悪くないのだからね」

アブラクサスが打たれて赤くなったなまえの頬に唇を寄せた。

「ごめんなさい…」

なまえはリドルに引きずられていく女に向かって、もう一度謝った。
自分自身の運命でさえ彼に握られているなまえには、誰も救う事は出来ない。


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