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「ご当主さま直々のお申し出だ。くれぐれも粗そうの無いように」

厳めしい顔立ちをこれと解るほどはっきりと青ざめさせた父親は、そう言ってなまえを送り出した。
花嫁の父にはおよそ似つかわしくない固い表情と暗い声。
娘の身を案じればこその苦悩に打ちのめされ、父はここ数日の間にすっかり年老いてしまったようだった。

荷物は薄いトランクが一つだけ。
必要な物は全て当家で用意する、余計な荷物は不要と言い渡されていた為である。

最後にもう一度だけ生家を目に焼き付けてから迎えの馬車に乗り、なまえは夫となる男のもとへ向かった。

相手は古くから続く純血の旧家の一つ、マルフォイ家の当主アブラクサス・マルフォイ。
何かと良からぬ噂のつき纏う男だった。

と言っても、決して素行が悪いというわけではない。
むしろ、切れ者として名の知れた魔法界きっての凄腕の魔法使いであり、魔法省においても強い発言力を持つ有識者である。
容姿も端麗。振る舞いも洗練されており、いたって紳士的な人物なのだという。
しかし────


「到着致しました」

静かに馬車が止まる。
ひやりとした緊張に心臓を鷲掴まれながらも、なまえは何とか心を落ち着けようと努めた。
何の慰めにもならないとわかってはいても、杖の入ったポケットの辺りに無意識に手が伸びる。

(何かあればこれで……)

いざという時の為に使うであろう呪文を思い浮かべながら、滑らかな布地の上から杖の膨らみを撫でると、なまえは一つ大きく息を吸い込んだ。

カチャリと金具が動く音を立てて、馬車の扉が開く。
開かれた扉の向こう、明るい陽射しの中に佇んでいた姿は、しかし、予想していた御者のものではなかった。


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