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春の気配が漂い始めた、早春の英国。
日中は随分暖かくなったものの、朝ともなるとまだ冷え込む。
昨夜は小雨が降ったので、眠る前に屋敷下僕妖精に多めに燃やして貰った暖炉の残り火は、すっかり白い灰になっているようだ。
少し肌寒いのはそのせいだろう。

早起きな鳥達のさえずりを聞きながら、なまえは今少し夢の世界を漂う為に、分厚い毛織の毛布を被り直した。
再びうとうととし始めた、その時。
ノックの音も無く、静かに寝室の扉が開かれた。

寝室に入って来た人物は、モーニングティーのセットを載せた大きなトレイを片手に、豪華な絨毯の上を音も無く進んでなまえの眠るベッドに歩み寄る。
とうに気付いているはずなのにあくまで眠り続けようとするなまえに小さく笑い、毛布から出た顔に掛かる髪を優しい手つきで払った。
その感触に、ぴく、と反応するのを見て、優美な弧を描く唇に浮かんだ微笑が更に広がる。

「なまえ、お早う。さあ、起きなさい」

未だ閉じられたままの瞼に唇を寄せ、次いで柔らかな頬に。
そして、「うーん」とむずがる唇へとキスを落とす。
擽ったいような、愛情のこもったそれに、なまえはようやく眼を開けた。

「……ルシウス……」

間近で見つめている冴えた湖のようなアイスブルーの瞳を見つめて、「お早う」と呟く。

「良い子だ…しかし、残念だな。あと少し起きるのが遅かったら、このまま昨夜の続きを始めてしまおうと思っていたのに」

昨夜、と言う単語に鮮やかにその記憶が蘇り、なまえの頬に血がのぼる。

「ル、ルシウス!」

「フフ、さあ、紅茶で目を覚ましなさい」

もう一度柔らかい唇を味わってから、彼は馴れた手つきでゆっくりとティーカップにお茶を注いだ。
砂糖とミルクをたっぷり入れた、熱いミルクティーの香りが辺りに漂う。
この英国的な習慣は、本来、召使いが主人の指定した起床時間に運ぶのが伝統であり、このマルフォイ家でも、かつては屋敷下僕妖精の役割だった。
だが、ルシウス・マルフォイが最愛の少女であるなまえを妻に迎えてからは、こうして邸の主人である彼自らなまえへと運ぶものへと変わってしまっている。
朝から仲睦まじい夫婦の寝室に入る試練が無くなって、ドビーあたりはさぞ安堵している事だろう。

「今日は私も外出の予定もないし、君に一日中付き合えるよ、なまえ。何をして過ごそうか?庭園を散歩するかね?君の好きな外国の物語を読んであげようか?それとも…」

愛おしげに髪を梳いていた長い指がふと止まる。
髪を離れた指は、そのまま頬を滑って唇へ辿り着き、輪郭をなぞるように動いた。
それは、朝の光のもとで行われるにはあまりに官能的な仕草で。

「それとも……ベッドの上で、思う存分お互いに溺れて過ごすと言うのは、いかがかな…?」

新婚夫婦の休日は、まだ始まったばかり。


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