聖なるかな 聖なるかな それが例え暗黒の美だとしても あなたはあまりに美しくて 私のような汚れた存在では、到底近付く事も叶わない 洗っても洗っても この身の汚れは落ちない 私はケガレているから ほとんどの生徒がホグズミードに出掛けた週末。 なまえは、ひとり水場で手を洗っていた。 少し手が汚れた、それだけだ。 だが、その赤い汚れはなまえの中にある絶望を煽るには十分で。 何度も何度も繰り返し石鹸と水の洗礼を受けさせられた手は、とうに擦りきれてあかぎれになっているのに、この愚かしくも一途な行為をやめられない。 だが、突然伸びて来た腕に手首を掴まれてそれは断ち切られる。 「何をしている」 低く掛けられた声にぼんやりと見上げると、優美な曲線を描く顎、青白いとさえ言える色素の薄い美貌。 ルシウス・マルフォイ。 「手を洗って…」 「もう十分汚れは落ちたように見えるが」 手首を掴んでいた手が手を包み込む。 「すっかり冷えきっているじゃないか」 銀糸で紡がれたようなプラチナブロンドがひどく優雅に間近で揺れたと思った時には、彼に抱き上げられていた。 恐怖にも似た焦りが胸底から沸き上がる。 「ダメっっ!!」 蒼白になって逃れようとするが適わない。 「降ろしてっ!早く!!」 「おとなしくしていたまえ。別に危害を加えるつもりはない」 違う。 そんな事ではないのだ。 「汚れるから…!」 この身は汚れているのだから。 ルシウスは麗眉をひそめてなまえを見たが、そのまま無言で歩き出した。 階段を降り、薄暗い石壁に向かって合言葉を唱える。 重い音を立てて開かれた入口をなまえを抱いたままくぐり抜け、細長いスリザリン寮の談話室に入ったルシウスは、壮大な彫刻が施された暖炉前のソファに座った。 何事かと見守っているスリザリン生に、ニ言三事何やら告げ、膝に抱かれた状態で恐れと戸惑いで震えているなまえを見下ろす。 「見せなさい」 何を言われているのかわからず動けないでいると、ルシウスはなまえの手をそっと取り、懐から出した杖先を手の平に向けて呪文を唱えた。 無惨な傷がみるみる癒えていく。 洗い過ぎてひび割れていた傷口から見えていた赤い肉が薄皮に覆われていくさまを、なまえはただ呆然と見守っていた。 「お持ちしました」 一人の男子生徒が恭しく差し出したのは、繊細な細工の施された陶器の水盥。 並々と張られた湯には何かの香油が垂らされているのか、湯気とともに良い香りが漂ってくる。 ルシウスは自分となまえの袖を捲り、その水盥に癒えたなまえの手をそっと浸けた。 ちゃぷちゃぷと音を立て、しなやかな指先を使って丁寧に指の間まで洗っていく。 暖かな湯の感触に、こわばっていたなまえの躯から徐々に力が抜けていった。 「どうだね?少しは落ち着いたかな」 水盥を下げさせ、なまえの手を清潔なタオルで拭きながら尋ねるルシウスに、なまえは僅かに頷いた。 「何があったかは知らないが、君は汚れてなどいない」 はっと顔を上げる。 静かな表情で見下ろしているルシウスと目があうと、なまえは直ぐに顔を背けた。 だが、驚くほど優しい仕草で手を洗ってくれた指先に顎を捕えられ、顔を上げさせられる。 「君は、美しいよ。なまえ」 氷のようなブルーアイに真正面から見据えられ、低い美声で囁かれて。 なまえの瞳から涙が溢れた。 「でも…私は……マグル生まれだから…汚れてるから…」 あなたにはふさわしくない あなたの蔑む汚れた血だから どんなに洗っても、この汚れは消えない あなたのように美しいひとに触れたら、きっと炎に魅せられた蝶のように燃え尽きてしまうと思っていたのに 何故、あなたは私を抱き締めているのですか 何故、私はあなたの胸の中で安らかな気持ちで満たされているのだろう 「確かに、マグル生まれである事は罪だ。だが、汚れは濯げばいい」 優しく髪を撫でながら、なまえの耳に囁きかける。 「私は、これから汚れた者達を聖拭していかなければならない――君も、手伝ってくれるね?」 そうすれば、君の罪も濯がれるだろう。 そう言って甘く口付けられ、包み込むように抱擁されて、なまえはうっとりと頷いた。 腕の中で瞳を閉じた美しい蝶に、優しい仕草で繰り返し髪を撫でてやりながらルシウスが微笑む。 そう 罪は、別の罪をもって贖わなければならない 「良い子だね、なまえ」 炎に焼かれる事はなかったけれど 蝶が飛込んだ先には、美しい銀糸で張られた蜘蛛の巣があった。 |