マグルの世界はどうか知らないが、魔法界の上流階級は旧態依然としている。 大っぴらに宣言する者の数こそ少ないけれど、多くの家系ではいまだに純血が貴ばれているし、昔からの生活スタイルを頑なに貫く者達も多い。 御用達の店でしか買い物をしない、というのもその一つだ。 新しく出来た店は信用出来ないらしい。 古くから続く店こそが由緒正しい店であると信じているふしもあった。 「新しいローブを仕立てて欲しい」 歴史だけは古いこの店にやって来たルシウス・マルフォイもまた、そうした伝統やシキタリを重んじる一人だ。 来月行われる魔法省主催のパーティーに着ていくのだというローブの制作を頼まれたなまえは、ルシウスの細かい要望を聞きながらサラサラと羊皮紙に書きつけていった。 大袈裟や華美になりすぎず、それでいてルシウスの魅力を十分に引き出す事の出来るデザイン。 言うは易しとは良く言ったもので、なかなか難しい注文である。 それでも何とか幾つかの案を出した結果、あまり時間がかからぬ内にルシウスからGOサインを貰う事が出来た。 「最終的な判断は君に任せる。君の腕を信用しているからね」 「有難うございます」 アンティークの寝椅子に腰かけたルシウスにそんな風に微笑みかけられると、やはり少しプレッシャーを感じてしまう。 期待を裏切った時には果たしてどうなってしまうのだろう…などと心配しつつも、次にやるべき作業へと頭を切り替え、棚から布を選んで取り出す。 採寸は無し。 デザインはともかくとして、型紙を起こすのはそう面倒な作業ではないはずだ。 何しろ彼の身体のサイズは既に知り尽くしているのだから。 壮年の男に有りがちな無駄な肉など一切ない、引き締まった身体。 外套とベスト、そしてローブの下にきっちりと隠された彼の身体をなまえはよく知っている。 古びた蓄音機から流れ出る音楽に耳を傾けていたルシウスが、ふと淡い色の髪を滑らせて首を傾げた。 軽く伏せられた瞳に髪と同じ色の睫毛が落とす影が、思わずドキッとしてしまうほど美しい。 「ロッシーニか。これはチェネレントラだね」 「ええ。最近のお気に入りなんです」 なまえの答えにルシウスは滅多に見せない柔らかな微笑を向けた。 ちょうど演奏は、王子がシンデレラへの想いを歌い上げる箇所にさしかかっていた。 「『そう、誓って君を見つけだす』」 まるで睦言を囁くような甘い声で曲名を告げたルシウスに、なまえの頬が赤らむ。 「私もこの曲は嫌いではない。ロマンティストだと笑われるかもしれないが」 「そんな!笑ったりなんかしません。でも……」 「似合わない?」 「いえ……」 ただ、となまえは恐る恐る答えた。 幸いにもルシウスは機嫌を損ねている様子はない。 「リアリストだと思っていたので、少し意外でした」 狡猾なこの男の性質は、甘ったるいロマンティストなどとは程遠いものに思えたのだ。 欲しいものは手に入れる。どんな手段を用いようとも、必ず。 切ない想いを抱えて悶々と夜を過ごす彼の姿など想像も出来なかった。 蛇を象ったステッキを片手に、ルシウスはくっくっと笑っている。 そうして、おもむろに握りの部分を持って引き抜いた。 このステッキは仕込み杖になっているのだ。 「こう見えて、私は情熱家なのだよ、なまえ。君はとっくに知っていると思っていたがね」 ルシウスが杖を振る。 たちまちなまえが持っていた布地はなまえの手を離れ、作業台の上へ飛んでいった。 「あっ──」 空手になったなまえの手首をルシウスが掴んで引き寄せる。 バランスを崩した身体が着地した場所は、ルシウスの膝の上だった。 「今日はもう店を閉めなさい」 飽きたら簡単に捨てるのだろうと思われがちだが、滅多に何かに執着することのない彼は一度作った“お気に入り”はそう簡単には手放さない。 それこそ、骨の髄まで貪り尽くされるまで離しては貰えないのだ。 自動書記をするよう魔法のかかった働きもののペンが、サラサラと羊皮紙の上で動いている様を見るとはなしに眺めながら、なまえは溜め息をつく。 手際が良いのは男も負けてはいない。 早くもたくしあげられた裾から侵入する手に鳴かされるまで、後僅か。 店のドアにはCLOSEの札がかけられ、愛玩されるお針子の憂鬱は深まるばかりだった。 |