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「良く来てくれたね、なまえ。待ち焦がれていたよ」

なまえに向かって手を差し伸べている男が柔らかく微笑む。
凍った湖の色をした、美しい切れ長の双眸。
木漏れ日を浴びてプラチナ・ブロンドがキラキラと輝いていた。

「さあおいで。足元に気をつけなさい」

優しげな声音で言って、男は呆然としているなまえの手をとった。
導いて馬車を降りさせる。

目の前には壮麗な貴族の城館が広がっていた。
美貌の当主と同じく、暗い噂が囁かれる建物であるはずなのだが、こうして明るい陽射しの下で輝く姿はとてもそんな恐ろしい惨劇の舞台とは思えない。
貴族の城館と呼ぶのに相応しい優美な佇まいだ。

「こちらへ。馬車に揺られて疲れたのではないかな?しもべ妖精に何か冷たい飲み物を用意させよう」

「は、はい…有難うございます」

促されるままに玄関ホールへと続く階段をのぼる途中で、はっとする。
なまえは慌てて姿勢を正した。

「あ…あの、申し訳ありません!」

「ん?何がだい?」

アブラクサスは足を止め、何事かと問うように新妻を見つめた。

「ご挨拶もせずに失礼致しました」

「いや、こちらこそ喜びのあまり礼儀を欠いた真似をしてすまなかった。少々性急過ぎたようだね」

冷ややかな印象を与える美貌が柔らかく笑む。
三度妻を娶り、その三人ともが不審な死を遂げたと噂されている男は、杖腕に重ねられていたなまえの手にそっと唇を寄せた。

「改めて歓迎しよう、我が妻となる人よ。この邸も私も、今この時より全て君のものだ」

予想もしていなかった愛情に満ちた言葉にどうして良いかわからず、なまえは戸惑いを露にした表情で夫の美しい顔を見上げる。

「私……私は、どうすれば…?」

「ただ私を愛し、傍にいてくれればそれで良い。夫婦とはそういうものではないかな?」

そう笑ったアブラクサスに、なまえもようやく顔を綻ばせた。

噂は所詮、噂に過ぎなかったのだ。
彼はおよそ望みうる限り最高の男性であるように思えた。

「ああ、そうだ。一つだけ約束して欲しい事がある」

「何でしょう?」

「大広間にある地下室には、決して近付かないように。それだけは守ってくれるね?」

「はい、わかりました。約束します」

そんな事かと安心し、なまえは無垢な眼差しで夫を見上げて頷いた。



──数年後。
マルフォイ家に待望の男の子が生まれた。

夫の言いつけ通り、なまえがその生涯において決して足を踏み入れる事の無かった地下室。
そこにまつわる暗黒の秘密は、父から息子へと密やかに受け継がれたのだった。

ある時は違法な魔法道具の隠し場所として。

またある時は名前を呼んではいけないあの人の居室として。

その地下室はマルフォイ家に存在し続けている。

やがて、友人を救うために予言の男の子が乗り込んでくるその日まで。


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