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優しいからこそ怖い、と言う事もある。
体をすっぽりと毛布で包み込まれ、医務室のベッドに腰掛けて暖かいココアを飲んでいたなまえは、ドアから入って来た人物を見て震えあがった。
黒いローブに良く映える、洗いたてのようにさらりとした黒髪。
胸元にきちんと絞められたネクタイは、緑と銀のスリザリンカラー。
長身のその男子生徒は、校医と低い声で何か話している。
耳をそばだてると、一番聞きたくない言葉が聞こえてきた。

「──では、お世話になりました。彼女は僕が責任を持って連れて帰りますので」

「そうね。貴方がついていてくれるなら彼女も安心でしょう」

──冗談ではない。
何の為にこんな真似をしたと思っているのか。
だが、そう焦っても、カーテンに囲まれた狭いスペースには逃げ場は無かった。
容赦なく近付く足音。

「なまえ」

半開きになっていたカーテンが白い手で引き開けられ、優しげな微笑を浮かべたリドルの姿が現れる。
彼はベッドに歩み寄ると、蒼白になっているなまえの傍らに腰掛けた。

「大丈夫かい?事情は先生から聞いたよ。怪我が無くて良かった…」

いかにも心配していたと言う声音でそう告げて、ぶるぶる震えているなまえにぐっと身を乗り出して、耳元に唇を寄せる。

「………逃げられるとでも思ったのか?」

髪を梳きながらの密やかな囁きは、校医には聞こえなかったのだろう。
寄り添う二人の姿は、恋人を気遣う親密な仕草にも見える。
カーテンの向こうに佇んでいた校医が、遠慮して遠ざかっていく足音が聞こえた。

「お前を湖に突き落とした連中は、既に処罰してある。だが、あいつらも、まさかお前がわざと突き落とされた事までは知らないだろうな」

傑作だと言わんばかりに笑う。

「確かに傍から見れば、優等生で首席である男子生徒に憧れ熱を上げていた女生徒が、彼のお気に入りの少女に嫌がらせをした……そういう事になるからな」

リドルは優しくなまえに微笑みかけた。
その笑顔が優しければ優しいほど、恐怖を掻き立てられる。

「──どうしようもなく愚かで、馬鹿な女だ、お前は。トラブルに巻き込まれたからと校長に相談すれば、寮を移動させて貰えるとでも思ったのか?」

色を無くした唇に、甘く唇が重ねられた。
今度は校医にも聞こえるように、少し大きな声で告げる。
怯える少女を労る恋人にふさわしい、優しい声音で。

「さあ、帰ろう、なまえ。僕が側にいるからもう大丈夫だ。何も心配はいらないよ。何も、ね……」


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