初めて見た彼は、手負いの獣そのものだった。 血に染まった自分の手を、真紅の瞳でじっと見つめる少年。 それが、なまえが初めて会った時のトム・リドル。 「触るな」 パンッ、と甲高い音をさせて伸ばした手が振り払われる。 「でも、あなた怪我してるわ。手当てしないと」 キョトンとした顔で首を傾げる少女を、リドルはきつく睨みつけた。 「何の為にそんな事をする?傷は放っておけば塞がるだろう」 「でも、痛いでしょう?」 「痛くなどない」 傍(はた)から見れば、それはさぞかし奇妙な押し問答だったろう。 だが、小さな孤児院の背後に広がるこの森には、今彼と彼女しかいなかった。 「怪我は普通手当てするものよ。ばい菌が入ったら大変だってママが言ってたもの」 「……余計なお世話だ」 『ママ』と言う言葉に一瞬泣きそうに顔を歪めたリドルは、それを隠すようにそっぽを向いて冷たく吐き捨てた。 その隙をついて、少女が血に染まった手を取る。 「おい!」 「じっとして。痛くないからね」 ギョッとして振り返ったリドルの前で、少女はそっと彼の手を両手で包み込む。 その優しい温もりに、リドルは拒絶の言葉を言いかけた口を閉じた。 「はい、おしまい」 湖の水で傷口を洗い、幼い少女にしては器用な手つきで手早くハンカチで傷を縛っていく。 「ね?こうした方が痛くないでしょう?」 「……別に最初から痛くなかった」 湖の畔に並んで座り、手当てされた手を見る。 「それに、大人がいるところに行けば治療して貰えたのに」 「じゃあ、どうして行かなかったの?」 不思議そうに見つめる少女の前で、リドルは湖に映る自分の顔に視線を向けた。 「行けば、怪我をした理由を聞かれるからだ」 マグルだった父。 そしてそんな男に捨てられて自分を産み落として直ぐに死んだ母。 それをからかわれて、怒りに我を忘れた。 気が付いた時は、目の前に座り込んだ子供が蒼白になって震えていた。 周囲には粉々に破壊された木の破片。 そして、血の溢れ出る自らの杖腕を呆然として見ていたリドルから、子供は悲鳴をあげて逃げ出した。 口止が必要かとも思ったが、あの様子ではまともに説明も出来ないだろう。 それよりも。 杖も無しで魔法を行使出来るなど、大人の魔法使いでもそうそういないはず。 リドルはハンカチの巻かれた自分の手に視線を落とした。 わかる。 僕はもっと強くなる。 誰も敵わないほどに、強く。 そうしたら、母を捨てた父も、そんな父の行いを咎めなかった祖父母も、母を馬鹿にした連中も、皆滅ぼしてやる。 |