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※兄妹


ジンジャークッキーの詰まった、タータンチェック模様の缶。
ミネルバ・マクゴナガルは、自分の好物であるはずのそれを複雑な表情で眺めていた。
その缶は今朝バースディカードと共に届けられたのだった。
同僚ならば、彼女の好みを知っている者もいるし、誕生日にプレゼントが届くのは特別不思議な話ではない。
しかし──

ミネルバは窓の外を見下ろした。
高い塔の上にあるこの事務室からは湖が見える。
昔、まだ学生だった頃、彼女はあの湖のほとりに腰掛けて親しい友人とたわいのない話をしたものだった。


「じゃあ、貴女、泳げないの?まったく?」

夏ともなれば、暑さのあまり湖に飛び込む生徒達もいる。
そんな者達を眺めながら、自然と泳ぎの話になったのだが…
ミネルバは、ちょっと意外そうに年下の少女を見つめた。
兄とお揃いのさらりとした黒髪をした彼女は、トム・リドルの双子の妹のなまえだ。
寮は違えど、何故か気が合った二人は友人同士だった。

「水が怖いの」

ミネルバの問いに、なまえは沈欝な表情でそう答えた。

「何か嫌な思い出でも?」

「うん…良くは覚えてないんだけど…孤児院にいた時、海に行った事があって、その時に溺れたみたい」

なまえと兄はマグルの孤児院で育った。
およそ娯楽とは程遠い環境だが、一年に一度、夏になると遠足に連れて行って貰っていたのだ。

「気が付いたら岩場に寝てて、兄さまがお前は溺れたんだよって…」

覚えているのは、暗く湿った空気と、潮の香り。
それに、女の子と男の子の悲鳴。

『お前は何も心配しなくていい』と言って、濡れた髪を掻き上げてくれた、優しい手。

色を失った冷たい唇に触れた兄の唇は、奇妙な笑みを浮かべていた。
それらの断片的な記憶が、今もなまえに水を忌避させる原因になっているのだ。

「それ以来、泳ぐのは勿論、水に入るのも怖いの」

「そう…」

あまり人の嫌な体験を蒸し返すのもどうかと思い、ミネルバはそれきりその話には触れなかった。
それから間もなくしてミネルバは卒業し、その二年後にはなまえとトム・リドルも卒業した。
それ以来、なまえの姿を見た者はいない。
そして、彼女の行方を唯一知っていたはずのリドルも、ある日を境に姿を消してしまった。
それから暫くして再び現れた彼は、既に『トム・リドル』ではなくなっていた。
完全に擬態を捨て去り、本来の邪悪さを隠しもしない、闇の魔法使いとなっていたのである。


追憶から戻ったミネルバは、またクッキー缶に目を戻した。
行方不明になるまでの間、毎年彼女の誕生日には、なまえは必ずこのクッキーを贈ってくれていた。

「なまえ……貴女なの…?」

生きているとすれば、『例のあの人』の近くにいるはずだ。
しかし、死喰人の仕業と思われる事件にも、スネイプの話の中にも、なまえの名前は出て来ない。
溜め息をついて、缶から一つクッキーをつまんで口に運ぶと、それは少女時代に食べた物とまったく同じ味がした。


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