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煙突飛行は苦手だ。
煤だらけになってしまうし、少しでも目的地の名前を言い間違えると、容赦なく知らない場所に飛ばされてしまうからである。
今も、「ダイアゴン横丁」と言うべきところを、粉を吸い込んでむせた拍子に「ダイ、アッゴンよこちょっ」と発音してしまった為に、なまえはぐるぐる回る渦の中から、見知らぬ石造りの暖炉に、ペッ、と吐き出されてしまっていた。

「…うう……ゲホッ、コホッ…」

目が回って気持ち悪い。
四つん這いの姿勢のまま暫しクラクラしていたなまえは、少し落ち着いてきたところで一つ溜め息をつき、状況を確認すべく辺りを見回した。
石造りの暖炉の前には、幾つかのショーケースらしきものが並んでいる。
どうやら何処かの店の中のようだが、それにしては妙に薄暗い。
それも、ただ暗いのではなく、何だか不気味な感じのする暗さだった。

「ッ!!」

立ち上がろうとして、まだふらついている身体を支えようと、ショーケースの一つに何気なく手を置いたなまえは、ひっと息を飲んだ。
ケースの中に、どう見ても生首にしか見えないものがズラリと並んでいたからだ。
慌てて視線を泳がせると、埃まみれのショーウィンドウの向こうに、暗く狭い煉瓦壁の通りが見えた。
ダイアゴン横丁ではない。
ここは──

「ノクターン横丁…?」

「そう、"ボージン・アンド・バークス"という店だ」

頭から血の気がひいていくのを感じていたなまえの背後から、笑み混じりの低い声がかかる。
なまえは飛び上がらんばかりに驚いて背後を振り返った。
全く人の気配はしなかったのに…!

「とりあえず、その煤を払ったらどうだ?」

面白がっているような声音が鼓膜を嬲る。
大きなキャビネットの横の椅子に、嫌味なくらいすらりとした長い脚を優雅に組んで腰掛けていたのは、トム・リドルだった。

「トム!」

煤にまみれたなまえの顔がさっと赤く染まる。

「い、いつから見てたの?」

「そうだな…暖炉から吐き出されてきた辺りからか」

「そんな…じゃあ、ずっと見ていたの!?」

みるみる耳まで赤くなっていく。
四つん這いでキョロキョロしていたところまで見られていたなんて!

「声をかけてくれれば良かったのに…」

「それはすまなかった。煙突飛行酔いを起こして、四つん這いでふらふらしている時に声をかけてやるべきだったな」

この一夏の間に、より一層美貌に研きがかかった気がするリドルは、見るからに意地の悪い微笑を浮かべて、羞恥で赤くなるなまえを眺めていた。
外見のみでなく、タチの悪さもレベルアップしているようだ。

「?トム?」

不意にリドルが椅子から立ち上がる。
彼はガラス戸の外を見ていた。
貧相な顔つきの猫背の男がヒョコヒョコした足取りでこちらに向かって来るのが見える。

「店主のお帰りだ」

嘲笑うように言って、リドルはローブのポケットからハンカチを取り出した。
あっと声を漏らす暇も与えず、なまえの顔についた煤を拭ってくれる。


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