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ナイトバスは好きじゃない。
極力使わないようにしていたのだが、今夜ばかりはそうもいかなかった。
気の進まぬまま杖腕を挙げると、例の如く、バーン!という轟音を響かせて、ど派手な紫色のバスが、何処からともなく現れた。
開いたドアからぴょんと飛び出て来た車掌が、陽気な声を上げる。

「ようこそナイトバスへ!」

「あの…ロンドンまで」

「ほいきた、ロンドンね。じゃ、11シックルだ。さむーい夜に熱いココアは?たった13シックルで…」

なまえが首を振って断ると、車掌は軽く肩を竦めて、バスに乗るよう促した。
放っておくと、いつまでも喋り続けていそうな彼を降りきって、二階へと向かう。
深夜だからか乗客は少ない。
時折老女の咳き込む声が聞こえてくる以外はとても静かだった。

「なまえ。こっちだ」

低く囁く声に呼ばれて、魔法で床に固定されている天涯ベッドの一つに歩み寄る。

薄いカーテンを手で開けて待ち構えていたのは、トム・リドル。
彼が身に纏う黒いスーツは、ホグワーツに通っていた頃には目にした事の無いものだ。
シンプルな細身のスーツは、リドルの引き締まった体躯に良く似合っていて、非常に魅力的に見えた。

「久しぶりだな、なまえ」

寝台に乗り上げたなまえを迎えて、リドルが微笑む。
少年らしさがすっかり消え失せ、シャープな頬のラインが『男』を感じさせた。

「ト──きゃっ!」

またもや、バーン!と唐突に発進したバスのせいで、前につんのめりかけたなまえの体を、リドルが腕の中に囲い込むようにして支える。
力強い腕。
逞しい胸から香るのは、香水か何かだろうか?
しっとりとしてセクシーなそれが鼻孔から侵入して肺を侵していくようだった。

「トム、じゃない」

僅かに冷えた声音でリドルが言った。
ゆっくりと内腿を這い上がる手に、なまえはぶるっと身を震わせる。

「教えただろう?呼んでみろ」

「ヴォル…デモート……」

唇を撫でる指に促されて、なまえは言い慣れない音を何とか紡ぎ出した。

ホグワーツを卒業して、ノクターン横丁の怪しげな店に就職したリドルは、ロンドンと各地を頻繁に行き来しては、値の張る骨董品や、闇の魔力を秘めた道具を買い取っているらしい。
しかし、その影で、彼は学生時代から胸に秘めていた野望を密やかに進めているのだと聞いた。
忠実なる下僕を従えて。ひっそりと、だが確実に──

「今日は面白いものを見つけた」

なまえの肌を愛でながらリドルが笑う。
耳朶を掠めた吐息が首筋を降りて、蛇がそうするように舌先で皮膚を舐める。

「一つは、本来ならば我が手元にあるべきはずの物。もう一つは、お前が継承していたはずの物だ」

わかるか?と聞かれて、なまえは首を横に振った。
弾む息を堪えるので精一杯なのに、リドルは気にせず行為を進めていく。

「スリザリンのロケットと、ハッフルパフのカップさ。あの醜く膨れ上がった身の程知らずの魔女から、どう奪ってやろうか……お前が来るまで、ずっとそれを考えていた」

ああ…では、彼は、ヘプジバ・スミスのもとへ行って来たのだ。
なまえと同じく、ヘプジバもまたハッフルパフの血筋に連なる者だった。
なまえにとっては遠縁の親戚にあたる老女だ。
ごうつくばりのあの老女の家は、ある意味宝の山である。
創設者の遺品を隠し持っていたとしても不思議はない。
──だが、そんなことよりも。

「…、……っ、ふ……ぁ…」

リドルの指が繊細に動く度、なまえは必死で声を押し殺さなければならなかった。
今にも車掌が上がってくるのではないかとビクビクしながらも、男の手錬手管に溺れていく。
涙で潤む視界に映るのは、紅い眼をした悪魔。

「ん、っぁ……ヴォル…デモート…ッ」

堪えきれずに教えられた名を呼べば、甘く口付けられる。

「良い子だ。褒美に、後でお前の好きなココアを奢ってやろう。渇いた喉を潤し、安らぎを得るには、甘い物が一番だからな」

──その二日後。
ヘプジバ・スミスという名の一人の老女が、自宅で変死した。
夜食のココアに毒を盛られて。


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