※兄妹 多くの天才の幼少期がそうであるように、トム・M・リドルもまた、異常なほど早熟で気性の激しい子供だった。 ただの乱暴者ならば、単なるガキ大将で済んだかもしれない。 しかし、彼の瞳の中には鋭い知性の輝きがあり、その生来の頭の良さは、周囲にとってあまり喜ばしくない形で発揮された。 彼は自分の置かれている状況を完全に理解しており、此処は自分に相応しい場所ではないという思いから、しばしばその残酷さの片鱗を垣間見せては、怒りや欲求不満を爆発させていたのである。 何よりもたちの悪い事に、彼は大人達にそれとわからないよう巧妙なやり方で、同じ孤児院の子供達をいたぶった。 それも、普通の人間では有り得ないような方法で。 そうして彼が暮らす内に孤児院で起きた、恐ろしくて奇妙な出来事の数々は、子供達を怯えさせるには充分だったし、そればかりか、そこで働いている大人達にも恐怖を植え付けたのだった。 「なまえ、おいで」 兄に手招かれたなまえは、素直に彼の元に歩み寄った。 ベッドに座ったリドルは、他の子供達と同じように孤児院から支給された灰色のチュニックを着ている。 ただ、リドルのそれは、他の子供達のように食べ雫しなどで汚れてはおらず、着古された感はあるが清潔だった。 黒髪もサラサラで、整った顔立ちをしているせいで、一見すると良家の子息にも見えるほどだ。 だからこそ、容姿に不釣り合いな粗末な衣服が、余計に痛々しく感じられた。 「なあに?」 なまえが鉄製のベッドによじ登ると、二人分の重みを受けた金具がギシギシと鳴った。 片足を立て、もう片足を毛布の上に伸ばして座っていたリドルが、左の拳をなまえへと差し出す。 なまえが見守る前で開かれたその手の平には、丁度リドルの手に隠れるくらいの大きさの紙包みが乗っていた。 それは、昨日、今月誕生日を迎えた子供の為に催された質素な誕生日会で、子供達全員に一つずつ配られたチョコレートの紙包みだった。 ボール状のチョコレートの中はスポンジ生地になっていて、そこにたっぷりとチョコレートソースが詰まっている。 なまえは昨日配られて直ぐに食べてしまったのだが、兄は食べずにとっておいたらしい。 「食べろ」 リドルが言った。 「えっ、でも…」 「いいから食べろ」 躊躇しているなまえの手に、半ば無理矢理チョコレートの紙包みを握らせる。 「その代わり、誰にも見つからないようにしろよ。特に、あの女に見つかると煩いからな。今の内に食べてしまえ」 あの女、というのが子供達を監督しているミセス・コールの事だと直ぐにわかり、なまえは頷いた。 廊下へ続くドアへちょっと顔を向け、紙包みを開いてチョコレートを取り出す。 なまえがチョコレートにかぶりつくのを確かめると、リドルは満足そうに笑った。 「それでいい。足りなかったら遠慮なく言え。下の階のチビから取り上げた分がまだある」 「!!?」 なまえは思わずチョコレートを落としてしまいそうになった。 リドルの手が素早く伸びて、落ちる寸前でチョコレートを受け止める。 チョコレートがついてベタついた手を不快げに見て、リドルはなまえを睨んだ。 「馬鹿、気をつけろ。毛布が汚れたりしたらバレるだろう」 「ご、ごめんなさい…」 「ふん…お前の手もベタベタだな」 手を掴まれかと思うと、ペロリと舐められる。 チョコレートを舐め取る舌がくすぐったくてなまえがクスクス笑うと、リドルもちょっとだけ嬉しそうな微笑みを覗かせ、そしてまた小さな手の平へと赤い舌を這わせたのだった。 |