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ただ観光旅行にやって来ただけなのに。
まさか、こんな風にロンドンの街並みを歩くことになるとは思わなかった。

──いや、ただのロンドンじゃない。
正確にはダイアゴン横丁の街並みを、だ。

「キョロキョロするな。怪しまれるだろう」

物珍しさから辺りを見回していたら、隣りを歩いていたリドルに怒られてしまった。
彼は、黒い旅行用のマントの下に、プラダのメンズブランドに似た品の良いダークスーツを着こなしているのだが、これがまた鞭のように引き締まった体躯に良く似合っている。
サラサラの黒髪といい、端正な顔立ちといい、人目を引きまくる容姿なのだから、今更注目を集めるなというほうが無理だと思うのだが。

「ご、ごめんなさい…」

それでも今の立場上、素直に謝るしかなくて、なまえはペコリと頭を下げた。
居候の身は辛い。

「欲しい物があるなら後で買ってやる。今は必要な物を買い揃えるのが先だからな。もう暫く大人しくしていろ」

リドルはその不思議な色合いの目でなまえを見て言った。
黒い瞳の中心で赤い光点が輝いているせいで、瞳そのものが真紅に染まって見える。
それにしても、まるっきり小さな子供に言い聞かせるような口調だ。
なまえは頷きながらも、ちょっとだけ批難をこめてリドルを見上げた。
長身の彼と視線を合わせるには、自然と見上げる形になってしまう。
同じく長身のルシウスなどは、そんな風に見上げられると庇護欲をそそられると言って笑っていたが、リドルはむしろ虐めたくなるらしく、何とも意地悪な笑顔でこちらを見下ろしてくるものだから、なまえは更にビクビクしてしまうのだった。
この男は典型的なサディストに違いない、となまえは密かに確信していた。
ルシウスもどちらかというとそっち系のような気もするが、少なくともなまえには紳士的な態度で接してくるので今のところ問題はない。

「行くぞ。まずは書店からだ」

「はーい」

リドルが目線で示したのは、出窓に何冊も本が飾られた建物だ。
マントの裾を翻しながら歩いて行くリドルについて歩きつつ、なまえはこれではまるで親の後をついて歩くヒヨコのようだと思った。

俄には信じがたいが、『ここ』は異世界なのだという。
イギリスに観光旅行にやって来ていたなまえは、シール湖を見学中、何者かに湖に突き落とされた。
そのまま意識を失い、目覚めた時には、ホグワーツ近くの湖の畔で、ルシウス・マルフォイに保護されていたのである。
なまえの存在を露ほども疑問に思わず、邸へと連れ帰って親切に世話を焼いてくれたルシウスの態度に疑問を感じたものの、その理由は直ぐに判明した。

「君の存在は『予言』されていた。現れる場所や日付まで正確にね。私は…いや、私達は、ずっと君が訪れるのを待っていたのだ」

「待っていた?私を?」

温かいココアのカップを両手で支え持って、わけがわからないといった顔をするなまえに、ルシウスは辛抱強く丁寧に説明してくれた。
もっとも、何とか理解出来たのは、彼らがなまえの力を必要としているという事と、悪い魔法使いに利用されないよう、ルシウスが真っ先になまえを保護してくれた事ぐらいだったのだが──

とりあえず納得したなまえは、そのままルシウスの邸に身を寄せることとなった。
そして今日は身の回りの物を買い揃える為にダイアゴン横丁にやって来ているのである。

「でも、大丈夫なの? ルシウスが心配していたみたいだけど…」

リドルが引率を買って出た時のルシウスの青ざめた顔を思い出しながらなまえが言うと、リドルはふっと笑ってみせた。
無駄に整った顔立ちのせいで、そんな何気ない笑顔にもドキッとしてしまう。

「心配ない。この姿の『僕』を知る者はそういないし、万が一出くわしたとしても、『僕』がそうだとは誰も気が付かないだろう」

よく分からないリドルの答えになまえは首を捻ったが、深くは追求しなかった。
どうせ聞いてもわからないのだからと思ったせいもある。
ヴォルデモート卿の分身である男に、ローブどころか下着から生活用品まで買って貰ったと知れば卒倒する輩もいただろうが、勿論、なまえはそんな事など知るよしもなかった。


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