毎年、バレンタインになると決まって贈り物が届く。 それは、美しい装飾の箱に入ったチョコレートだったり、鮮血を思わせる真紅の薔薇の花束だったりしたが、共通している点が一つあった。 毒入りだと言う事だ。 美味しそうなチョコレートには、使用に適した量を遥かに越える『生ける屍の水薬』が混入されていたし、美しい薔薇の棘には、検出出来ない厄介な種類の毒薬が濡られていたのである。 そして、それらに添えられたカード。 そこにはいつも同じメッセージが描かれていた。 『"Odi et amo"(憎み、そして愛する)』 このメッセージが無ければ、仕掛けられていた罠も見抜けなかったに違いない。 しかし、なまえは最初にそれを見た瞬間、バレンタインプレゼントの贈り主が誰であるのか直ぐに悟った。 そして、プレゼントに込められた差出人の意図も。 「明日は結婚式だと言うのに、浮かない顔だな」 振り返ると、いつの間にか開いていたバルコニーに通じるガラス戸が開かれていた。 月光を背に、漆黒のマントに身を包んだ影が佇んでいる。 夜風にサラリと揺れる黒髪と、ピジョンブラッドの瞳。 相変わらず寒気がするほど整った顔には見覚えがあった。 学生時代よりも遥かに洗練された美貌は、今や暗黒の美の領域に踏み込んでおり、背筋を冷たいものが走り抜けていく。 「……リドル」 なまえは卒業して以来一度も会っていなかった男の名を呼んだ。 「嫌ならば止めてしまえ。どうせ、あんな小物ではお前を扱いきれん」 「何をしに来たの?」 なまえはリドルから目を離さないまま、ポケットの中を手で探った。 探り当てた杖をしっかりと握りしめる。 リドルが笑った。 「婚姻の前夜に花嫁の寝室を訪れる男の目的など、知れているだろう?」 お前を拐いに来た。 そう言って、リドルは一歩近付いた。 なまえもポケットの中で杖を握ったまま、一歩後退る。 『僕のものにならないのならば死んでしまえ』 隷属か、死か。 どちらか選べと、バレンタインにかこつけて、愛を告げるどころか散々残酷な選択を迫って来た男だ。 何をしてもおかしくはない。 「私に『服従の呪文』をかけるの? それとも『磔の呪文』?」 「そうだな。場合によっては、今ここで死んで貰う」 さらりと殺害をほのめかすリドルを、なまえはそれでも正面から睨みつけた。 「…相変わらず酷い男ね」 「僕の求愛を無視し続けたお前のほうが酷い女だとは思わないか?」 違う、と叫びたかった。 どうせ言っても理解しえない事だからと、長年封じこめ続けていた想いをぶつけてやりたかった。 愛していると告げてしまえば、途端に飽きて捨てられるのではないかと言う恐怖から、ずっと伝えられなかった気持ちを。 唇に浮かべた微笑はそのままに、リドルの紅い瞳がゆっくりと細められる。 「なまえ」 冷たくも甘い声音が、なまえの名を呼んだ。 「これが、最後の選択だ──僕を拒むか?」 リドルは本気だ。 本気で、殺そうとしている。 なまえはポケットの中で杖を握っていた手を離した。 そうして、代わりにポケットにしまわれていたカードを取り出して、無言のままリドルに差し出す。 それは、学生時代からずっと渡せずにしまわれていたカードだった。 描かれているのは、愛の言葉ではなく、 『"Komm,susser Tod"(甘き死よ来たれ)』 という一文のみ。 闇の帝王は、禍々しい“死”そのもの。 そして、“死”に魅入られた者は、決して逃れられはしないのだ。 “死”に魅入られた者もまた、強く“死”に惹かれるものなのだから。 花嫁が消えた寝室の絨毯の上には、流されるはずだった血の代わりに、真紅の薔薇の花弁が散っていた。 |