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ホグワーツの図書館は八時に閉館する。
規律に厳格な図書館の主は、八時になるや否や、せかせかと広い館内を歩き回り、生徒が残っていようがいまいが関係なく容赦なくランプを消して回った。
そうして追い立てられた生徒達は本やレポートの束を抱えて慌てて退散するのである。

そして今宵、他の生徒達と同様に司書に追い出されたなまえは、片腕に借りて来た書物を抱え、寮への帰路を急いでいた。

普通ならば、四階にある図書館から地下のスリザリンの談話室へは15分もかからない。
無論、煩い管理人に見つからなければの話だ。
談話室に戻ったら軽くレポートを見直してから部屋に戻る予定だった。

──が、思いもよらない事態に出くわしたせいで、その予定はすっかり狂うこととなった。

地下牢への階段を急ぎ足で下り、空き教室の前を通り過ぎようとした途端、何者かに背後から口を塞がれ、物陰へと連れ込まれてしまったからだ。

「!?」

大きな手の平で塞がれた口から、くぐもった悲鳴が漏れる。
背後から抱き締められるようにして身動きを封じられている為に、杖を取り出すことすら出来なかった。

「静かに。声を出すな」

「むぐぅっ!?」

トム、と呼んだつもりなのに、妙な呻きにしかならない。
なまえを取り抑えているのはトム・リドルだった。
よく目を凝らして見れば、暗闇の中に他にも数人の人影が見える。

「見られたのなら仕方ない。処分しましょう」

人影の一人が冷たい声で言った。
杖がこちらに向いているのが見える。
肌を刺す敵意に、なまえはゾッと背筋を震わせた。
何をしていたかはわからないが、彼らが見られてはマズイ事をしていたのは確かだ。

「いや。この女は心配ない」

今にも呪いをかけようとしていた少年を、リドルが冷静な声で制止する。
どうやら彼らはリドルの取り巻き連中らしい。
ボスの鶴の一声で、少年はなまえに向けていた杖を下ろした。
敵意だけはそのままになまえを睨んでいる。
明らかに生温い対応だと不満に思っているのが分かった。
しかし、リドルへの畏れから何も言えずにいるのだ。

「これは僕の所有物だからな」

なまえの口から手を離しながら、リドルが低く笑った。
我が物顔で腰を抱く腕が言葉よりも雄弁に二人の関係を物語っている。

──あの夏。
実家の洋装店での出来事以来、何も変わっていないようで、何もかもが変わってしまった。
リドルがなまえを『特別な存在』として扱い始めたのだ。
それは非常に由々しき事態であったが、どうしようもない。

「お前達は先に戻れ。僕は後から行く」

「…わかりました」

リドルの命令に否やは無い。
逆らえば恐ろしい目に遭うのは明白だからだ。
少年達は言われた通りに、次々とその場を去って行った。
それを見届けたリドルがなまえの顎に指をかけて持ち上げる。

「こんな時間まで何をしていた」

「…図書館で勉強を」

「なるほど。優等生らしい解答だ」

リドルがクッと笑う。
彼自身もまた優等生と呼ばれる人種だった。
──表面上は。
本当の優等生ならば、夜も更けた時間に、地下牢の空き教室で何やら怪しげな会合を開いていたり、こうしてなまえを抱き寄せて唇を重ねてきたりはしないはずである。

「抵抗しないのか?」

唇が離れると、リドルが優しげな声音で囁いた。
しても無駄だと諦めているのを知っていての意地悪である。
悔しいので、なまえはリドルの首に両腕を投げかけて縋りつき、自分からキスをねだった。
一瞬、驚いたように見開かれた真紅の瞳が、ふっと細められるのを見てから目を閉じる。
再び重ねられた唇はひんやりとしていて冷たく──そして、邪悪なほどに甘美だった。

悪魔のKissは、一度味わえば逃れられないほど、中毒性があるものなのだ。


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