真夜中。 何か物音がしたような気がしてなまえは目を覚ました。 昨夜のハロウィンの名残りのカボチャのランプが、ベッドサイドのドレッサーの上で不気味な笑顔を晒しているが、部屋の中に特に変わった様子はない。 さては下の階にいるはずの母親に何かあったのかと心配になり、ベッドを出たなまえは、寝室のドアを開けて愕然とした。 一階へと続く階段を赤い炎が這いのぼってくるところだったのだ。 よく見えないが階下は既に火の海と化しているようだった。 「そんな…!どうして──」 叫びかけた途端、思いきり煙を吸い込んでしまい、なまえは激しく咳き込んだ。 焼けつくような喉の痛みに堪えきれず、その場に崩れ落ちて、何度も咳き込む。 ──苦しい…… 息が出来ない 涙で滲む視界にふと黒い影が映った。 黒いフードを被った長身の男が、ゆっくりと階段を上がってくる。 「…誰………?」 紅い瞳。端整な顔立ち。 全く知らない人物だ。 まるで炎など存在しないかのように、悠然とした足取りで歩み寄って来る。 男は質問には答えず、なまえの目の前までやってくると、優雅に長身を屈めてなまえの顔を覗き込んだ。 その白く長い指に顎をすくわれて仰向いた途端、先程まであれだけ苦しかった喉がひんやりと冷たい霧を吸い込んだように冷えたかと思うと、すっと呼吸が楽になった。 「まだ苦しいか?」 低く囁かれて、訳がわかぬまま首を横に振る。 炎が迫って来ているのはわかっていたが、不思議と危機感は感じなかった。 なまえはただ魅入られたように男の紅い瞳を見つめていた。 全身の血がざわめく。 男は微かに微笑み、白い手をなまえの顎から滑らせて、愛しげに頬を撫でた。 「探したぞ。やっと見つけた──」 言いかけて、次の瞬間、男は纏っていた黒いマントを大きく翻した。 背後から放たれた赤い光線がマントに弾かれて壁に穴を開ける。 悲鳴を上げたなまえを、男は片腕で引き寄せて自らの懐深く囲い込んだ。 「娘から離れろッッ!!」 見ると、半ば崩れかけた階段の上がり口に、なまえの父が立っていた。 怒りと激しい恐怖に顔を歪めた父の手には杖が握られている。 が、その手は今や遠目にもわかるほどはっきりと震えていた。 「離れろ、だと?」 男が冷たく嘲笑った。 「これは僕のモノになる為に生まれてきた女だ。偉大なるスリザリンの血をひく最後の男女として。このヴォルデモート卿の半身となるべくして、な──本来ならばお前達のような純血ですらない魔法使いが軽々しく触れて良い存在ではない」 ──逃げなければいけない。 そのはずなのに、なまえは男の腕の中から動けずにいた。 「生みの親亡き後、なまえを引き取ってここまで育ててきた事は誉めてやろう──だが、お前達の役目はもう終わりだ」 男の杖から緑の閃光が迸り、声を上げる間もなく父親の身体が崩れ落ちる。 そして、恐らくは姿が見えない母親も既に同じ運命を辿っていたのだろう。 悲嘆はあったが、依然としてなまえは奇妙な安堵感に包まれていた。 男に優しく髪を梳かれながら、階段を舐め尽くした炎が二階の壁を侵食していく様子を、夢見心地のまま眺める。 「貴方は誰?」 もう一度尋ねると、男は笑って答えてくれた。 「お前の伴侶となる男だ」と。 |