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緑色は嫌いじゃないけど、特別好きというわけでもない。
だから、スリザリン寮の談話室を照らしている緑色のランプを見ても、「綺麗」だとも「不気味」だとも思わなかった。

「赤だったらもっと良かったのに」

血のような赤。ルビーのような紅。
赤はなまえの大好きな色だ。
あの人の瞳と同じ色。

「赤なんて!グリフィンドールのシンボルカラーじゃない」

独り言のつもりだったその呟きに、隣のソファに座っていたパンジーが敏感に反応した。
彼女は大多数のスリザリン生がそうであるようにグリフィンドールを毛嫌いしている。

「そうなのよ。どうして、よりによってグリフィンドールなんかのシンボルになっているのかしら」

なまえは苛々と羽ペンで羊皮紙をつついた。
グリフィンドールといえば、あのシリウス・ブラックのいた寮だ。
なまえは同じブラック家の分家筋にあたる父から、シリウスは一族の面汚しだと教えられて育ってきたのである。
なまえも父からブラックの名を受け継いでいるものの、決してブラック家の女当主にはなれない。
それは、遠縁にあたるベラトリックスやアンドロメダ、ナルシッサ姉妹も同じだった。
三姉妹はそれぞれ結婚していて、既にブラックの姓は名乗っていない。
何よりも、一族の嫡男であるシリウスは母親から勘当され、現在は犯罪者として逃亡中。
もはやブラック家の名は事実上絶えたも同然だった。

「何が勇猛果敢なグリフィンドールよ!あんな野蛮な寮、大嫌い!」

「だろうね。僕もだ」

するすると左右に開いた石壁の向こうから現れたドラコが苦々しい表情で同意した。
その片腕はまだ包帯で吊られたままだ。
パンジーがサッと立ち上がってドラコに駆け寄る。

「大丈夫? まだ痛む?」

「うん、当分包帯は取れそうもないな」

「あの森番!全部あいつのせいだわ!ねえ、ドラコ、おじ様に頼んで解雇してやれないの?」

「どうかな…父上はもう理事の職を退任されたから。でも、たぶんあのヒッポグリフは処分される事になると思う。父上が魔法省に僕の事件について通報したんだ」

傷を負った時の事を思い出したのか、ドラコは不快げに眉をしかめながら言った。
もしかしたら傷が傷むのかもしれない。

「いい気味だよ。ところで、さっきは何の話をしていたんだい?グリフィンドールがどうとか言っていたけど」

「ああ、実はね…」

なまえが口を開く間もなく、ドラコにぴったり寄り添ったパンジーが先程まで交わしていた会話の内容をドラコに教えた。
聞きながら、ドラコの顔に呆れの表情が広がっていく。

「やれやれ……何かと思ったら、また『王子様』の話か」

物憂げなその言い方がルシウスそっくりだったので、なまえは少しムッとした。
どんな時も紳士的なルシウスおじ様は、女の子──勿論、ちゃんとした純血の家の女の子だ──に対して、そんな失礼な態度は絶対にとらない。
ドラコは外見も仕草もルシウスによく似ているのに、何かが今一つ足りない気がして、時々とっても苛々してしまうのだ。

「だいたい、赤い瞳の王子様なんて、本当にいるのかい?それに、何処の馬の骨ともわからない男なんだろう?」

「変な事言わないで。あの人はちゃんといるわ。ルシウスおじ様だってご存知よ。初めてあの人に会ったのも、おじ様のお屋敷の薔薇園なんだから。お屋敷に自由に出入りしているほどの人物なのに、ドラコが知らないほうがおかしいのよ」

今度はドラコがムッとする番だった。
遠縁の親戚でありながら、ナルシッサやルシウスが実の娘のように可愛がっていた為に、なまえとドラコは幼い時から兄弟同然に育ってきたのだ。
ドラコにしてみれば、は妹のようでもあり、また、限りなく恋心に近い感情を持っている親戚の少女が、わけのわからない王子様とやらに心酔しているのが気に入らないのは当然だった。

「とにかく!僕は絶対に認めないからな!!」

「何をむきになってるの?…変なドラコ」

談話室の片隅で一部始終を見ていた黒猫が、欠伸を一つ噛み殺してなまえを見遣ると、また目を閉じた。
ルシウスから贈られたその黒猫の名は、トム。
彼の瞳の色は、なまえが焦がれてやまない初恋の王子様と同じ、禍々しい真紅だった。


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