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ひとりでやるのに慣れていた。
どんな時でも。
どんな事でも。

ホグワーツへの入学案内をする為に孤児院を訪れたダンブルドアから、ダイアゴン横丁への同行の申し出を受けた時にも、リドルはそれをきっぱりと断ったくらいだ。
説明さえ受ければ、初めての場所での買い物でさえ自分一人でこなせる自信があったし、実際、問題なく買い物は終わった。
入学の日も一人で駅に行った。
今までずっとそうしてきたのだ。
それなのに、いま、夏の陽射しが照りつける横丁の石畳の上を、彼は同行者の様子に目を光らせつつ歩いていた。

「暑いね」

「そうだな」

隣を歩く少女に適当に相槌を打つ。
やや乱れた呼吸。
ほのかに上気したピンク色の頬。
重い荷物を抱えているせいもあるのか、本当に暑そうだ。
彼自身はさほど暑さも疲労も感じていなかったが、これは何処かで休ませたほうがいいかもしれない、とリドルは思った。
ふ、と視線が歩道の脇に並ぶ色鮮やかなパラソルとテーブルにとまる。
アイスクリーム・パーラーだ。
リドルはなまえの肩を掴んでそちらへ方向転換させた。

「トム?」

「座っていろ」

近くの空いていたテーブルにつかせて、自分はカウンターに向かう。
とんだ出費だ、と苦々しく思いながらも、リドルはアイスクリームを一つ買うと、パラソルの落とす陰が作る日陰で待つなまえのもとへ戻った。

「お腹が空いたの?」
などと聞いてくるなまえにアイスクリームを差し出し、向かい側の椅子に腰を降ろす。

「倒れられても困るからな」

「あ……そっか、有難う、トム」

ようやく理解したらしく笑顔になったなまえに、鈍い女だと舌打ちし、リドルは紙袋から買ったばかりの教科書を適当に一冊取り出した。
パラパラとページを捲ってみる。
内容は去年のものと比べて格段に難しくなっているはずだが、リドルにしてみれば「こんなものか」といった程度の落差しかなかった。

スポンジが水を吸い込むように。
あるいは、乾いた地面が雨を吸い込むように。
恐ろしいほどの勢いと貪欲さで知識を吸収していく彼に、ホグワーツの教師達は目を見張る思いだったに違いない。
既に頭脳明晰で礼儀正しい優等生との評判も高い。
そんな彼の才能をやっかむ連中も多かったが、真に煩わしいのは女生徒達のほうだった。
教科書の表紙の裏にリドルの名前を書き込んでいる者、彼の姿を見てはクスクス笑いの発作を起こす者などなど。
その症状は様々だが、彼女達に共通しているのは、「恋」と呼ばれる病を患っていることだった。
食事や授業の間の移動中も、絶えず彼女達の熱い視線に晒されなければならないのだ。
実にくだらない。
そんなものが何になるというのか。

「トム」

名前を呼ばれて顔を上げると、すぐ目の前にアイスクリームが迫っていた。
その向こうに広がっているのは、にこにこと微笑むなまえの顔。

「半分あげる」

「いらない」

「じゃあ、一口だけでも食べてみて。はい、あーーん」

「……」

黒髪をかき上げてひとつ溜め息をつくと、リドルはなまえの差し出すアイスクリームを一口食べた。
予想していたよりもずっと冷たくて、甘い。

「美味しい?」

「まあまあだな」

言いながら、なまえに向かって指を伸ばす。
その薄い桜色の唇を汚していた白を指先で拭って、リドルは指先についたそれをぺろりと舐めた。
自分が先に大胆な真似をしたくせに、なまえの顔がみるみる赤く染まっていくのを、不思議な思いで見守る。
恋などというものは知らない。
そんな幼稚な響きの感情は。
『LOVE』ではないな、これは、と思う。
どちらかといえば『attachment』だ。
廊下で教室で談話室で、リドルに向けられる幾つもの視線にこめられたものとは明らかに程度が違う。
邪悪さも。

「流石に公衆の面前で唇を直接舐めてやるわけにはいかないからな。我慢しろ」

「いやあああああああああああ!!」

玩具の管理は所有者の義務。
叫ぶなまえの顔色が先程よりずっとよくなっていることに、リドルは一人心密かに安堵した。


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