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1942年10月3日

今月末にはハロウィンパーティーがある。
校長の許可を貰って敷地内でハグリッドが育てているカボチャも随分大きく育っていた。
これは生育環境よりもハグリッドの育て方が良いからだろう。

この時期、東京では秋晴れのイメージが強いが、ホグワーツ周辺では雨の日が多い。
今日もどんよりとした空のもと、クィディッチの練習をしている生徒達を眺めながら渡り廊下でダンブルドア先生と秘密の会話を交わしていた。

「では……」

「はい、来年の6月です」

ダンブルドア先生が、ふむと考え込む素振りを見せたので、私は黙って次の言葉を待った。

「それはもはや防げまい。ハグリッドには気の毒ではあるが」

「未然に防ぐのは難しいですか」

「君の期待を裏切るようで申し訳なく思っておるよ」

「そんな……先生が私の話を信じてご協力して下さらなければここまでこられませんでした。心から感謝しています」

「そう言われるとこそばゆいの」

確実に起こるはずの出来事を止めるには、とてつもない労力と根回しが必要なのだとここへ来て知った。
ダンブルドア先生に協力して貰ってこれなのだから、私自身は本当に無力だ。そのことがとても悔しい。

来年、秘密の部屋が開かれて、罪をなすりつけられたハグリッドは退学になってしまう。
それだけではない。
夏期休暇の間には、リドル一家が殺害されて一般人がその罪を着せられ、スリザリンゆかりの指輪を手に入れてしまうのだ。
トム・マールヴォロ・リドルの手によって行われるそれら一連の事件を何とか未然に防ごうと、私とダンブルドア先生は手を尽くしているのだった。

「こんなところにいたのか。探したよ」

優しげな声が聞こえた瞬間、私はギクリと身を震わせてしまった。
肩に置かれた手はあたたかいのに、背筋を寒気が走る。

「ダンブルドア先生と何を話していたんだい?」

声も表情も柔らかいけれど、「言え」と命令されているのは間違いない。

「君の話をしておった」

ダンブルドア先生が穏やかに言った。

「相談の内容は言えんよ。馬に蹴られてしまうからの」

リドルは悪戯っぽく笑うダンブルドア先生を怪訝そうに見ていたが、そわそわして落ち着かない様子の私に視線を移すと、にっこりと微笑んだ。

「それなら、わざわざ先生に相談する必要はない。直接僕に言えばいい」

何とか誤魔化せたようだ。さすがダンブルドア先生。先生は何も嘘はついていない。
それでいて、私が恋の悩みを相談したかのように上手く誘導してしまった。

「本人に言うのはちょっと」

私が恥ずかしそうに言うと、リドルは私の手を引いて私を腕の中にやんわりと囲い込んだ。

「君は恥ずかしがり屋だね。それとも、日本人の女性は皆そうなのかな」

甘い声で囁かれて、耳まで真っ赤に染まっていくのがわかった。
ダンブルドア先生は明後日の方向を見て知らん顔をしてくれている。

「寒くなってきたから、そろそろ寮に帰ろう」

「う、うん」

リドルは私の肩を抱いたままダンブルドア先生に向き直った。

「ダンブルドア先生、失礼します」

「うむ、二人とも風邪をひかぬよう気をつけなさい」

「はい、気をつけます」

ダンブルドア先生がバイバイと手を動かすのを見て、私も笑顔で手を振った。

冷たい風がリドルの黒髪を揺らして吹き抜けていく。
美しく整った横顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

「寒がりの君のために、ベッドに毛布を入れるよう屋敷しもべ妖精に言っておいたよ」

「本当?ありがとう!」

「でも、今夜は僕のベッドで一緒に寝るだろう?」

私の手を握ったリドルの手はあたたかい。
彼のベッドの中もきっと同じくらいあたたかいに違いない。

「………………うん」

私は赤くなった顔を隠すように俯いて、小さく頷いた。
その私の顎をリドルの手が掬い上げて、長身を屈めた彼の唇が私の唇に柔らかく重ねられる。

「いい子だ」


神様、どうか、彼を悪の道から救うための力を私に与えて下さい。


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