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異世界転生というものをご存知だろうか。
私はハリポタファンの、どこにでもいる会社員だった。それがある日トラックに轢かれたと思ったら、ハリポタの世界に転生していた。
何を言っているのかわからないと思うが、私にもいまの自分の状況がよくわかっていない。病室で昏睡状態のまま夢を見ているのではないかとすら考えてしまうほどだ。

「ハッフルパフの姫君」

先ほど私はいまの自分の状況がよくわかっていないと言ったが、少し間違いがあった。いま自分が非常にまずい事態に陥っていることはよくわかっている。

「考え事とは余裕だね」

私を押し倒して手首を拘束しながら甘ったるい声で囁いてくるこの少年、トム・リドルによって私は窮地に立たされていた。
そう、あのトム・リドルである。

ここは湖の畔の芝生の上で、辺りに他の生徒の姿はない。わざわざ人気のない場所を選んだことが災いした。これでは助けを呼ぼうにも呼べないからだ。
というよりも、きっとそんな真似はこの男が許してくれないだろう。

「ヘルガ・ハッフルパフの血を継ぐ君には、この僕こそが相応しい。折に触れてそう口説き続けているのに、未だに色好い返事が貰えないのは何故かな」

そんなことを言われても、好きでハッフルパフの末裔として生まれたわけではないので困ってしまう。

「勤勉、献身、忠誠。ハッフルパフの特性を体現している上に、レイブンクローの生徒でも敵わないほど聡明で優秀な成績を誇っている君は、僕の妻たるに相応しい存在だ」

ハンサムな顔をこれでもかと近付けてくるリドルから必死で顔を背けるのだが、首筋にあたたかい吐息を感じたと思うと同時に薄い肌にきつく吸い付かれた。
反射的にびくりと跳ねた身体を体重を乗せて押さえつけられる。

「ああ、そんな顔をしないで。君を傷つけるつもりはないよ」

「ト、トム……」

「その名前は好きではないんだが、君になら許そう」

ちゅ、ちゅ、と顔にキスを落とされ、そのたびにびくびくと反応してしまう。
ローブの中に侵入してきた手が柔らかい肢体を確かめるように肌の上を這い回る。それこそ、蛇のように。

「僕のものになれば、素晴らしい世界を見せてあげよう。君はただ僕の隣にいてくれればいい」

「そんなこと……」

「出来ないと思うかい?」

トムは可笑しそうに笑った。邪悪な笑みだった。黒いはずの瞳がちらちらと赤く見えるのが恐ろしくてならない。

「君は知っているんだろう?僕の正体を」

「!」

「これは単なる提案ではなく、命令だ。僕のものになれ、なまえ」

熱い吐息混じりに囁いたリドルの唇が私の唇に重ねられる。蛇に食いつかれたようなキスだった。

「んんっ、ん……ちゅ、んぅ」

舌で口内を荒らされて息が上がる。
唇が離れたと思ったらまた角度を変えて口付けられて、思考がとろりと溶けていく。

「返事は?」

唇を舐めたリドルが顔を離す。

私が口を開こうとした時、近くの茂みが揺れた。リドルが隙のない動作で素早く杖を構える。

「おやおや、お邪魔だったかの」

ダンブルドア先生だった。どっと安堵の波に襲われる私とは逆に、顔から表情を消したリドルが杖を懐にしまう。

リドルに手を差し出されて、少し迷ったけどその手を借りて立ち上がった。乱れたローブをさりげなく直す。何があったかなんて、きっとお見通しなのだろう。

「減点が必要かな?トム」

「いいえ。ダンブルドア先生」

リドルは冷えた目でダンブルドア先生を見据えると、恋人にするように私の頬にキスをして、名残惜しそうにしながら手を離した。

「次こそ良い返事を聞かせてくれ。待っている」

そう言って立ち去ったリドルを見送ってから深くため息をつくと、ダンブルドア先生がぽんと優しく肩を叩いてくれた。

「間に合って良かった」

「ありがとうございました」

「彼には気をつけなさい。二人きりにはならないように」

「はい、気をつけます」

ダンブルドア先生が来た道を戻っていく。
私はまだ唇に残っている熱を惜しむように指でそこに触れた。
あんな風に誰かに激しく求められたのは初めてだった。
次は抗えるかわからない。
ダンブルドア先生の後をついて歩きながら、私は恐れか期待かわからない寒気に身体を震わせていた。


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