石壁を背にして並ぶ棚には、薄気味悪い瓶詰めがずらりと並んでいる。 鍵の掛かった引き出しの中にも、生き物の尻尾や干物がぎっしり詰まっているのをマユは知っている。 ここは魔法薬学を担当するスネイプ教授の私室。 ホグワーツの生徒の中でこの部屋を訪れる者は僅かだった。 大抵は何かをやらかして罰則を言い渡される時などに嫌々来るものだが、マユは好んでこの部屋を訪れる唯一の生徒だった。 テーブルにはポットとティーカップが二人分。それに、マユが持参したお茶請けの菓子。 いつもの二人だけのお茶会の様相だったが、スネイプは何とも言い難い微妙な表情で茶を淹れていた。 対するマユも笑顔とは言い難い。 「それで」 スネイプは妙に乾いた声で尋ねた。 「君に告白してきたという男子生徒には、なんと答えたのかね?」 「好きじゃないので付き合えないと答えました」 マユは両手で包み込んだティーカップの中身を見つめながら呟いた。 「…よくわかりません…恋愛って、何でしょう?」 マユは顔を上げてスネイプを見た。 スネイプがたじろぐほどに強い瞳で真っ直ぐに。 「ロックハート先生がいらしたとき、私の友人達はみんなロックハート先生に夢中になりました。でも、私には先生のどこが良いのかさっぱりわからなくて……変人扱いされました」 「君の感性はまともだ。安心したまえ」 スネイプは力強く言った。 「私達はそんなことよりも勉強に励むべきだと思うんです」 「左様。無論、それだけとは言えんが、最優先すべき事柄であるのは間違いない」 「…良かった」 マユは今日この部屋を訪れて以来初めて笑顔を見せた。 花が綻び、甘い香りが漂うような錯覚を覚える笑顔に、彼女に告白した男子生徒はこれにやられたのだろうなとスネイプは分析していた。 事実、彼の胸もざわめいていた。 親子ほど年齢の違うこの少女を愛しく想っているからだ。 「先生ならきっと分かって下さるって信じてました。そうですよね、私にはまだ早いですよね」 「…ああ、そうだ、焦る必要はない」 言いながら、スネイプこそが焦燥にかられていた。 何という事だ。 これでは手を出せない。 表面ばかりは落ち着き払った態度を崩さぬままに、紅茶を飲みながら頭を悩ませる。 いままさに女として花ひらこうとする時期特有の清々しい色香を振り撒きながら、少女は「先生はいつまでも私の一番の理解者でいて下さいね」などと無邪気に言って、スネイプの胸深く刃を突きたてた。 今暫くの間は、ままごとのようなお茶会は続くだろう。 いつか、男に限界が訪れるその時までは。 |