もしも、物語の行く末を知っていて、そこに関与する術(すべ)を与えられたとしたら。 私がとった行動を、ひとは無謀と呼ぶだろう。 選ばれた英雄であるハリー・ポッターとは違う。 物語に紛れ込んでしまっただけのただの女である私には、運命を味方につける力なんてなかった。 唯一の強みと言えば、この世界と身近な人々の“未来”を知っているということだけだ。 充分とは言えないまでも調べる時間はあった。 けれども、こうするより他にどうしても方法が見つからなかったのだ。 呆然としている彼の顔が見える。 その身体に大きく穿たれていたはずの穴は、まるで始めからなかったように綺麗さっぱり消え失せていた。 流れ出た血は戻せないけれど、大蛇の毒牙が突き刺さった時に体内に侵入した毒も消えているはずだ。 代わりに、その穴は私の身体に出来ていた。 身代わりの魔法によって彼から私へとそっくりそのまま移された傷口からドクドクと血液が流れ出ていくのを感じながら、何故だか唐突に、初めて杖を買いに行った日の事を思い出した。 薄暗い店内と、埃っぽい空気。 窓から斜めに差し込む光の中、幾つも並んだ棚と、そこで密やかに主を待ち続けていた杖達。 魔法使いが杖を選ぶのではない、と言ったオリバンダーの言葉が頭に蘇る。 「杖が使い手を選ぶんですね」 「その通り」 今、私の前に転がっている、無惨に折れた杖。 私を選んでくれて、今まで守ってくれて、ありがとう。 ナギニに咬まれる前に彼を助ける事は出来なかった。 ヴォルデモートの目を欺けるほどの知恵も力も私にはない。 唯一行動を起こせるチャンスは、闇の帝王が『邪魔者を始末し終えた』と判断してその場から立ち去った後だけだ。 「何故だ……どうして、こんな……!」 震える腕が私を抱き起こそうとする。 これほどまでに打ちのめされた彼の表情は見た事がない。 床に倒れ伏していた身体が腕に持ち上げられた拍子に、どぷり、と大量の血液が床板の上に広がったのがわかった。 「駄目だ…駄目だっ、…死ぬな…!」 繰り返し訴えてくる彼に、気にしないで良いのだと、これは自分がそうしたくてしたことなのだと説明したかったが、声を出そうとすると、空気が通るひゅうひゅうという音がして血の泡がこぼれ落ちるばかりだった。 私の名前を呼ぶ声が新たに二つ加わった。 ハリー達の声だ。 彼らはもう、私を抱きかかえている男が敵ではないことを知っている。 そして、これから更なる真実を知る事になるだろう。 彼の過去、彼の悲嘆と絶望と覚悟を。 私が読んだ物語でそうだったように。 不意に呼吸が楽になった。 だから、最後に一言だけ呟く事が出来た。 「……よかった……」 もしかしたら、意味のない行為だったかもしれない。 ほんの数時間寿命が延びただけに過ぎないかもしれない。 それでも構わなかった。 一分一秒でもながく生きていて欲しかった。 あなたが死ななくて 生きていてくれて、本当に良かった きっと、あなたを助けるために、私はこの世界へやって来たのだから |