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日本にいた頃なら、お手軽に炊飯器でガトーショコラを作れたのだが、残念ながらホグワーツではマグルの電化製品は使えない。
なので、厨房の一角をお借りして、屋敷しもべ妖精達に手伝ってもらいながら何とか無事焼き上げることが出来た。

後は渡すだけなのだが、これが問題だ。
あくまでさりげなく、特別な意味はありませんといった風に渡さなければならない。

「スネイプ教授」

「入りたまえ」

ドアをノックすると、直ぐ様返事がかえってきた。
ひとつ深呼吸をしてドアを開ける。

「失礼します」

驚いたことに、テーブルの上には既にお茶の準備が整っていた。
ポットにミルクピッチャー、砂糖の容器に、ティースプーンが添えられたカップが二つ。

「そろそろ来る頃だと思っていた」

何かのレポートにさらさらと評価を書き付けると、スネイプ教授はそれを積み重なった山の上に乗せ、文鎮を置いてデスクの前の椅子から立ち上がった。

ドアの前に立ち尽くしたままの私を一瞥し、

「早く座りたまえ」

と促してくる。

私は慌てて歩いていき、いつもの席へと腰を下ろした。
そして、持って来たガトーショコラを差し出す。

「今日のお茶請けにして下さい」

「君が焼いたのかね?」

「はい。スネイプ教授にはいつもお世話になっているので」

完璧だ。
何度も脳内でシミュレートして練習した甲斐があった。
これならスネイプ教授もなんの疑いも持たずに食べてくれるだろう。

「これは『本命』か?」

しかし、敵は予想以上に手強かった。

「なんのことかわかりません、教授」

ここはとぼけるしかない。

「バレンタインの日には」

お茶を注ぎながらスネイプ教授が言った。

「想う相手にチョコレートを渡す習慣があると聞いた。わざわざ今日という日にチョコレートケーキを差し出す意味はそれしかあるまい」

「スネイプ教授、日本には義理チョコという習慣がありまして、お世話になっている方にもチョコレートを渡すのです」

「それは我輩も知っている。だが、これは『本命』だろう?」

「いえ、そんな、本命だなんて畏れ多い」

「我輩は君へカードを贈った。そして、君も我輩へカードを贈ってきた。伝統に則って、愛を伝えあったわけだ」

ぐうの音も出ないとはこのことである。

スネイプ教授が私を見た。
この双眸の前では嘘は許されない。全て見破られてしまう。
開心術を使われたわけでもないのに。

「…本命です」

「よろしい」

スネイプ教授は満足そうに口元を笑ませてケーキを切り分けた。

「我輩を騙そうとしたお仕置きは後でたっぷりと受けて貰うとして……まずは、ティータイムを楽しむといい」

今日はバレンタインですからな。と言って。

気のせいか愉しそうなスネイプ教授に、私は強張った笑顔を返したのだった。


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