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今は昔、魔法薬学の教授といふ者ありけり。
野山にまじりて薬草を取りつつ、よろづのことに使ひけり。
名をば、せぶるす・すねいぷとなむ言ひける。
その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。
あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。
それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。
教授言ふやう、

「我輩、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。伴侶となり給ふべき人なめり」

とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。
眼に入れても痛くないほど可愛がりて養ふ。
うつくしきことかぎりなし。

「先ほどから何を笑っているのかね」

「す、すみません。ついおかしくて」

たまには日本語に触れてみようと、古典の竹取物語を読んでいたのだが、翁をスネイプ先生に置き換えて読んでみたらツボにはまってしまった。
おかしな娘だと思われているのだろうが、どうしても笑いが漏れてしまう。

「吹き出さないように飲みたまえ」

「ありがとうございます」

ブランデーを垂らした紅茶のカップを受け取り、よく吹き冷ましてから一口飲む。

赤々と燃えている暖炉。
普段より幾分寛いだ様子でその前に座るスネイプ先生に寄り添い、彼の淹れてくれた紅茶を味わう、この秋の夜のひととき。
これを幸せと言わずして何と言おうか。

隣の先生が読んでいるのは何やら難しそうな魔法薬学の本だ。
何かあればとりあえずベゾアール石を口に突っ込めばいいと思っている私と違い、繊細で複雑な薬効について書かれているのだろう。

邪魔をすれば怒られるかもしれないが、こうしてぴったりくっついて座っているぶんには構わないらしい。
開いた本に視線を落とし、繊細な魔法薬学の調合を施すあの指でパラリとページを捲る先生からは文句の言葉は出てこなかった。

「今度、薬草狩りに連れて行って下さい」

「紅葉狩りのような言い方をするが、野山に分け入ってひたすら薬草を探す単純作業だぞ。君のような女性には退屈だと思うが」

「先生と一緒ならきっと楽しいです」

「そうか」

またページを捲った指が、私の頬を優しく撫でた。

「では、次回行く時には君を誘うとしよう」

「ありがとうございます」

先生の肩口に頬を擦り寄せる。
紅茶に垂らしたブランデーのせいか、少しほろ酔い加減になっているようだ。

「幸せだなぁ」

先生の匂いと、暖炉で薪が燃える匂い。
先生の服には魔法薬や薬草の匂いが染み付いていて、目を閉じると野山で薬草狩りをしているような気持ちになる。

「このまま時が止まればいいのに」

「…そうだな」

珍しく同意の言葉が得られたのは嬉しいが、やはりその声音には堅いものが潜んでいる。

先生が置かれている状況を思えば、本当は今すぐにでも先生を連れてホグワーツから逃げ出してしまいたい。
それが叶わないと分かっているからこそ、この刹那の幸福が貴重なものに思えてならなかった。

ただこの人の幸せを願っているだけなのに

幸福な未来への道は、あまりにも遠い


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