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表向きは医療品の製造販売でクリーンな利益を得ているのだと知って、意外に健全なんだなと驚いた。
それはもちろん、カジノ経営もしているそうだし、裏ではそれなりに黒い取引もあるのだろうけれど。

「よくありがちな白い粉とかは……」

「薬物の蔓延は街を腐敗させる」

森さんは慈しむような眼差しを眼下に広がる街並みに向けて言った。

「取引を持ち掛けられることは多いが、全て丁重にお断りしているよ」

ああ、この人はこのヨコハマの街を愛しているのだなとわかった。
森さんは彼なりのやり方でこの街を守っているのだ。

窓から見える風景は、私が知っている横浜のそれとは少し違っている。
このポートマフィアのビルの存在自体が最たるものだ。
大観覧車やランドマークタワーなどは元いた世界と同じだったので、少し安心した。

「外に出たいかい?」

森さんが私の頬に指を滑らせる。
優しい声音で問われてなんと答えたものかと迷っていると、彼は小さく笑った。

「そうだねぇ。少し散歩に出ようか」

「いいんですか?」

「護衛付きでも良ければだが」

「是非お願いします!」

「では準備をするから部屋で待っていて貰えるかな?」

「はい、わかりました」

部屋までは広津さんが送ってくれた。
広津さんはザ・側近という感じで、貫禄がある人だ。
森さんからの信頼も厚いのだろうと思った。

だから、てっきり広津さんがお迎えに来てくれるのだと思っていたのに。


「お初にお目にかかる。僕(やつがれ)は芥川龍之介。貴女の警護を命じられている」

「はい、あの、よろしくお願いします」

黒いコートの下に白いドレスシャツを着た少年はひどく痩せていて、具合が悪そうに見えた。

「駐車場までご案内致します」

彼がくるりと踵を返したので、慌ててその後ろについていく。

沈黙。

気まずいなあと思いつつ、きっと無口な子なんだと納得することにした。

太宰くんや中也くんが話しやすかったのは、彼らが私に気を遣ってくれていたからなのだろう。

むしろ、必要最低限のことしか話さない芥川くんのほうがマフィアとして当たり前の姿なのかもしれない。

駐車場に着くと、どこにでもありそうな普通の車の傍らに森さんとエリスちゃんが立っていた。
森さんは白いシャツにベージュのコットンパンツに白衣を羽織っていて、町のお医者さんといった感じの格好だ。

「やあ、待っていたよ」

「お待たせしてすみません」

「さあ、乗って」

「えっ、森さんが運転するんですか?」

「そうだよ。ほら、エリスちゃんも」

「乗りましょう、なまえ」

「あ、うん…」

芥川くんと私が後部座席に、エリスちゃんは助手席に乗り込むことになった。

後ろから広津さん達が乗った黒塗りの車が目立たないようについてくる。

「今日はどこに行こうか。なまえちゃんはどこか行ってみたい場所はあるかい?」

「あ、お任せします」

「じゃあ、元町にショッピングに行こう」

森さんは元町方面へとハンドルを切った。

「エリスちゃんはいつも森さんとお出かけしてるの?」

「そうよ。リンタロウにあたしが付き合ってあげているの。この前なんか15軒もお店を回らされたんだから」

「酷いよ、エリスちゃん。可愛いエリスちゃんのためにドレスやお洋服を買ってあげたんじゃないか」

「あたしは別に頼んでないもの。リンタロウの勝手でしょ」

「そんなぁ……」

まるで溺愛している娘に振り回される父親みたいだなあと微笑ましく思っていると、芥川くんがちらりと窓の外に目をやって口を開いた。

「尾行されています」

「みたいだねぇ」

「足止めしますか?」

「いや、後ろの広津達に任せよう。芥川くんはなまえちゃんの側から離れないように頼むよ」

「承知致しました」

尾行してきていた車の前に広津さん達が乗った車が立ち塞がる。
その間に森さんはスピードを上げて大きく引き離した。

何度も角を曲がり、ようやく元町に到着する。

「お店は一緒なんですね」

見知った店が立ち並ぶ元町ストリートに、尾行のことを忘れて嬉しくなった。

「なるほど。その辺りは変わらないのだねぇ」

じゃあ、端から見て行こうという森さんの提案で、一軒ずつ見て回ることになった。
芥川くんは黙ってぴったりついてくる。

「芥川くんはいまいくつなの?」

「15です」

「そうなんだ。しっかりしてるね」

「否、まだ未熟者ゆえ厳しくご指導頂いております」

「ご指導?」

「太宰さんに」

「太宰くんかあ。大変じゃない?」

「命がかかっているのですから指導が厳しくなるのは当然のことかと」

そうか。太宰くんは部下には厳しい上司なのか。

「なまえちゃん、このお洋服なんてどうかな?なまえちゃんに似合うと思うんだけど」

森さんがパフスリーブのワンピースを広げてみせてくれた。

「ありがとうございます。でも、ちょっと私には可愛すぎるような……」

「そんなことはないさ。ねえ、芥川くん」

「はい。よくお似合いになると思います」

「そ、そうかなあ?」

芥川くんは真顔のままだ。
リアクションに困ってしまう。

「エリスちゃん、あの二人仲良くなれると思うかい?」

「そうなったら焼きもち妬くくせに」

「はは…」


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