全身を伸ばして温かい湯に浸かりながら、はあ…と溜め息をつく。 マフィアの根城でゆっくり朝風呂に浸かる日が来るなんて、思ってもみなかった。 備え付けのアメニティは女性なら誰もが一度は憧れるブランドのもので、嬉しいけれどもこれから毎日となると逆に申し訳なくなって来る。 やはりドラッグストアで普通のボディソープとシャンプーを買ってきて貰うべきだろうか。 でも、わざわざそんなことのために手を煩わせるのも申し訳ない気がする。 ダメだ。どうするのが一番無難なのかわからない。 頭が働かないのは朝だからか、それともこの異常な状況で感覚が麻痺しているせいだろうか。 とりあえず、朝ごはんを食べてから改めて今後のことも含めて考えよう。 「あれ?太宰くん?」 お風呂から上がり、脱衣所で身支度を整えてから部屋に戻ると、いつの間に入り込んだのか、ソファに太宰くんが寝そべっていた。 「遊びに来てあげたよ、なまえ」 “仕事”から帰って来たばかりなのか、少年からは血と硝煙の匂いがした。 「あと、これ」 「わ、ありがとう!」 ベッドの脇に積まれた紙袋の山を指差した太宰くんに、もう買ってきてくれたのかと感激しながらお礼を述べる。 「お代は身体で払ってくれればいいよ」 「えっ…それって」 「セッ」 「だ、太宰くん!耳かきしてあげる。ほら、ここに頭乗せて」 「耳かき?…まあ、いいか。誤魔化されてあげるよ」 紙袋の中から耳かきに必要な道具を持って来て言えば、太宰くんは大きな欠伸をひとつして、ソファに座った私の膝の上に頭を乗せて横になった。 その彼の前髪を指でそっと梳き流して耳にかけてあげる。 「ちょっと冷たくなるからね」 「ん」 まずはウェットティッシュで耳の外回りを拭いていく。 拭き終わると、耳かきを手にしてまずは耳孔の周辺からカリカリと掻き始めた。 それから、孔の中へと進めていく。 カリカリカリカリ、カリッ スー、カリカリ 気持ち良いのか、太宰くんは目を閉じて完全に身を委ねきっていた。 「奥のほう痛くない?」 「大丈夫、気持ち良いよ」 眠そうな声で答えた太宰くんは、本格的に寝に入ろうとしているらしく、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。 「こんな時間までお仕事だったんだね。お疲れさま」 「ん…」 寝返りをうって上向きになった太宰くんの寝顔はあどけなく、実際の年齢よりも幼く見えた。 きっと物凄く頭がいいんだろうなと思わせる言動のせいでわかりづらいが、彼はまだ学校に通っているはずの年齢なのだ。 友達とわいわいやって、勉強に励んで、スポーツなんかもやったりして……と、そういう“普通”から外れてしまった子供なのだと思うと、何だか複雑な気分だった。 太宰くんはきっと私が彼を哀れむことなど望んでいない。 昨日出会ったばかりだけど、そのくらいのことはわかる。 そう思うと、彼の身体のあちこちに巻かれた包帯が尚更痛々しく見えた。 と、その時、ノックの音が聞こえてきた。 「なまえ、起きてるか?」 ドアを開けて入って来たのは中也くんだった。 「おはよう、中也くん」 「おう。…って、何やってんだよ手前!」 「おやあ?羨ましいのかい、中也?」 目を開けた太宰くんが中也くんを見て笑う。 「そういう問題じゃねえだろ!」 「凄く気持ちが良いよ、なまえの膝枕。中也もお願いしてみたらどうだい」 「手前……!」 「ちょ、ちょっと、喧嘩しないで。太宰くん、スカートの中に手を入れない!中也くんは何か用事があったんじゃないの?」 「あ、ああ。首領がお呼びだ。是非朝食を一緒にとのことだが、大丈夫か?」 「いますぐ行きます!」 太ももを撫で回していた太宰くんの頭を下ろして立ち上がる。 太宰くんは不満そうだったが、森さんからの呼び出しなのだから仕方がない。 「森さんだけずるい。私がなまえを誘おうと思っていたのに」 「残念だったな、太宰」 「ごめんね、太宰くん」 太宰くんはソファに寝そべったまま、ひらひらと手を振ってみせた。 「行きなよ。私はここでもう少し寝させてもらうから」 なまえの匂いがして居心地がいいんだよね、と言ってまた目を閉じた太宰くんを中也くんは呆れたように見ていた。 何となく二人の関係がわかってきた気がする。 中也くん、ドンマイ。 |