森さんが用意して下さった部屋はあまりにも立派なもので、一瞬、いまの状況も忘れてぽかんとしてしまった。 元の世界の私の部屋が4つは入るんじゃないだろうか。 天蓋付きのベッドはまるでお姫さまのためのそれのようだし、家具や調度品は全て高級そうなアンティークだ。 クローゼットの中には森さんが急遽手配してくれたという衣類がみっしり詰まっていた。 「他にも必要な物があれば何でも言いなさい」と言って下さったけれども、とてもじゃないが言い出せそうにない。 その広い部屋の中にぽつんと座っていると、じわじわと不安が込み上げてきた。 本当に帰れるんだろうか。 もしこのままだったらどうしよう。 そんな気持ちに押し潰されそうになっていた私の耳に、ノックの音が聞こえてきた。 「はい」 「俺だ。中原中也」 「中原さん?」 ドアを開けると、目の前に何かを押し付けられた。 「おにぎり?」 「と、味噌汁な」 それは大きなおにぎりが二つとお味噌汁だという蓋付きのお椀が乗ったトレイだった。 「あー、その、なんだ。いまはあまり食欲がねえかもしれねえが、少しでも腹に入れておかねえと眠れねえだろ」 「すみません、ありがとうございます」 「敬語じゃなくていい。あと中原さんっていうのもやめろ。首領の客人なんだからな」 「じゃあ、中也くん?」 「ああ、それでいい」 中也くんは満足そうに笑ってみせた。 イケメンだなあ。 それに気遣いの出来る優しい子だ。 「まあ、とりあえず食えよ」 「うん、いただきます」 おにぎりにかぶりつく。中身は鮭だった。 お味噌汁の蓋を取って中身を少し飲む。 あったかくて美味しい。 「ありがとう。すごく美味しい」 「そうかよ」 何だか照れくさそうにしてるけど、もしかして。 「これ、中也くんが作ってくれたの?」 「悪かったな。シェフに作らせりゃ良かったか」 「ううん、嬉しい。ありがとう、中也くん」 「気にすンな。食べ終わったなら、もう行くからな」 トレイを持って中也くんが帰って行ってしまうと、また一人になった。 でも、不安な気持ちは薄れていた。 これなら眠れそうだ。 と思ったら、またノックの音が。 「はい?」 ドアが開き、太宰くんが顔を覗かせた。 右目には包帯が巻かれていて、左頬にもガーゼが貼られているけれど、彼もまた整った顔立ちをしていた。 「中也が来てたみたいだね」 「えっ」 「差し入れでも貰った?」 「はい、おにぎりとお味噌汁を」 「私にも敬語じゃなくていいよ。どうせ中也にも言われただろうけど」 「じゃあ、太宰くん」 「うん、まあ、今のところはそれでいいよ」 太宰くんは部屋の中をぐるりと見回すと、ポケットからメモ帳を取り出して、ボールペンと一緒に私に渡してきた。 「太宰くん?」 「化粧品とか生理用品とか、森さんに頼めないような物をそれに書きなよ。女性の部下に買わせて持って来てあげるから」 「あ、ありがとう」 正直、サニタリー関係をどうしようか悩んでいたので、この申し出は物凄く助かった。 急いでメモして太宰くんに手渡す。 「お腹もいっぱいになったし眠れそう?」 「うん、大丈夫」 「それは良かった。また明日遊びに来るよ」 太宰くんはごくさりげない動きで私を引き寄せると、頬にキスをした。 「だ、太宰くん!」 「ふふ…おやすみ、なまえ。また明日」 悪戯っぽく笑って太宰くんは部屋から出て行った。 こ……小悪魔! |