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白い雲の上に浮かんでいる夢を見た。

最初ふわふわとしていたそれはやがて触手のようなものに変わり、身体に絡みついてきた。
うんうん唸って引き剥がそうとしても外れない。

ふと目を覚ますと、お腹に何かが巻き付いていてドキッとした。
それはフョードルさんの腕で、彼は横向きに寝ている私の背中にぴったりと張り付いていて後ろから私を抱きしめる形のまま眠っていた。

変な夢を見たのはこのせいか。
思わず溜め息が出る。

フョードルさんを起こさないように、そっと身体を離そうとすると、

「どうして逃げるんですか」

「ひっ!」

至近距離で響いた声に本気でびびってしまった。

「起きてたんですか……」

「いま起きました」

「じゃあ、離して下さい。起きて支度しないと」

「まだいいじゃないですか」

離すどころか、逆にぎゅうぎゅう抱きしめられる。

「ちょ、フョードルさんっ」

「もう少しこのままで」

「もう……しょうがないなあ」

やけに甘えたがるのが不思議だった。
何か怖い夢でも見たのだろうか。
それとも、元の世界の夢を見たとか。
だとしたらさすがにかわいそうなので、しばらく好きにさせてあげることにした。
誰だって甘えたくなる時くらいあるよね。

よしよしと腕を撫でて、大丈夫ですよと慰める。

ふ、と後ろで笑う気配がして、身体が反転させられた。

目の前に、笑みを浮かべた白い顔。

「ぼくにこんなことをするのは貴女だけですよ」

「それはまあ、こっちの世界には他に知り合いもいないでしょうし」

「それはそうなんですけれどね」

フョードルさんの白い指が私の頬を撫でる。
こちらに来たばかりの頃は、癖なのか指をがじがじ齧っている時があったが、最近では落ち着いたらしく、もう指に歯形は残っていない。

「なまえさん」

「なんですか」

「今日は和食が食べたいです」

「和食……色々ありますけど」

「貴女が作ってくれたものなら何でも食べますよ」

「じゃあ、肉じゃがとお豆腐のお味噌汁にしましょうか」

冷蔵庫にある食材を思い出しながら言えば、「それがいいです」とすぐに答えが返って来た。

「その前に朝ごはんですね。用意しますからそろそろ離して下さい」

渋々離れていくぬくもりをほんの少し名残惜しく思ってしまった。
毒されてるなあ。

「オムレツを作って下さい」

「はいはい」

「ソーセージも食べたいです」

「はいはい」

ベッドから起き上がった私は身支度を整えるために洗面所に向かった。


「ねえ、男できた?」

「はい?」

いつものようにデスクで仕事に打ち込んでいたら、先輩からそんな発言が飛び出したので、驚いて振り向く。
先輩は何を想像しているやら、ニヤニヤ笑っていた。

「だって、最近ほぼ定時でダッシュで帰るし、飲み会の誘いも全部断ってるし、男と同棲でも始めたのかなーと思って」

「いえ、遠縁の親戚が泊まりに来ているので、あまり待たせたらかわいそうなので早く帰ってるだけですよ」

「なーんだ。つまんない」

絶対男だと思ったのにとブツブツ言いながら自分のデスクに戻って行く先輩の後ろ姿を見て、上手く誤魔化せたと安堵する。
フョードルさんのことをどう説明したらいいかわからないので、バレなくて本当に良かった。

そんなことを考えながら仕事を終えて。

帰り支度をしていたら、何だか下が騒がしいことに気付いた。

「どうしたの?」

「あっ、苗字さん。それが、外に男の人が立ってて。誰かを待っているみたいなんですけど」

「ね、かっこいいよね!」

「外国人かな」

…何だか嫌な予感がする。

急いでロビーに行くと、案の定、外にいたのはフョードルさんだった。

「遅かったですね、なまえさん。待ちくたびれてしまいました」

「な、な、」

「傘、忘れて行ったでしょう。相合傘で帰りましょう」

きゃーっと背後から女子社員の声が聞こえてくる。
振り返ると、受付の子達に混ざってあの先輩が意味ありげな笑顔を浮かべながら佇んでいた。

「さあ、帰りましょう。なまえさん」

「……ソウデスネ」

明日は休みだからいいとして、休み明けが怖い。

「ほら、もっとくっついて下さい。濡れますよ」

元凶となったフョードルさんは一人機嫌が良さそうだった。


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