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夕食を食べ終え、入浴も済ませた私は、フョードルさんに占拠されていたパソコンを使って、明日提出する企画書を仕上げていた。

「まだ眠らないのですか」

「!」

突然、顔を覗き込まれて心臓が止まりそうになる。

「びっくりした……フョードルさんこそまだ起きてたんですか?」

「なまえさんが仕事をしているのに先に休むわけにはいかないでしょう」

「そういうものでしょうか」

「そういうものですよ」

普段マイペースなくせに変なところで律儀な人だ。

「もう少ししたら私も寝ます。先にベッドに入っていて下さい」

「わかりました」

やけにあっさり頷いたフョードルさんがリビングから出て行く。
私はひとつため息をついて、再びキーボードを打ち始めた。


「…よし、終わった」

ミスがないかチェックしていたら、思ったよりも遅くなってしまった。
早く寝ないと明日身体がもたない。

寝室に入って、ベッドで休もうとした私は、先客がいるのを見て頭を抱えたくなった。

「遅かったですね」

「フョードルさん…」

何故かフョードルさんが私のベッドで寝ている。

「どうしてフョードルさんが私のベッドで寝ているんですか」

「先にベッドに入っていて下さいと貴女が言ったので」

そうか、それで私のベッドに。なるほど。
なんて納得出来るか!

「お説教は明日にします。もう眠いので退いて下さい」

「せっかく温めて待っていてあげたのですから、一緒に寝ましょう」

そう言って、フョードルさんはベッドの端に寄って布団を捲ってみせた。

「さあ、早く」

「……はぁ」

もはや怒る気も無くした私は、渋々ベッドに入ることにした。

「今日だけですからね」

「ふふ……どうでしょうか。なまえさんは優しい人ですから、結局流されて明日以降も一緒に寝てくれると思いますよ」

その点に関してはフョードルさんの予想が外れてくれることを祈る。

「なまえさん、お花見に行きましょう」

突然過ぎる提案に、既にうとうとしかけていた私は「そうですね」と相づちを打った。

「次のお休みに行きましょうか」

「楽しみです」

フョードルさんでも何かを楽しみに待つということがあるんだな、とぼんやり考える。

出会ったばかりの彼は、およそこの世に楽しいことなどひとつもないといった風だったから、少し意外に思った。

「地下を拠点とする盗賊団『死の家の鼠』の頭目。殺人結社『天人五衰』の構成員の一人であるこのぼくが、こんなにも何かを楽しみにすることがあるなんて、なまえさんと会うまで知りませんでしたよ」

「そう……なんですか?」

「ええ、貴女と出会ってからというもの、ぼくは調子を狂わされてばかりです」

「そんな風には見えないけどなあ。フョードルさん、マイペースですし」

「こんなに色々と譲歩してあげているのに酷いですね」

「ごめんなさい……もう……眠くて……」

「おやすみなさい、なまえさん」

眠って構いませんよ、と優しく囁かれて髪を撫でられる。
まるで恋人にするようなそれに抗議しようにも、もう眠くて目を開けていられない。

そのまま私は泥のような眠りに落ちていった。


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