「フョードルさん、お味はどうですか?」 「貴女が作ったものなら何でも美味しく食べられますよ」 春キャベツとベーコンのスープを口に運んで、もぐもぐごっくんと食べ終えたフョードルさんが何でもないことのようにさらりと言った。 最近ずっとこんな調子なので、こちらとしては対応に困ってしまう。 彼の名前は、フョードル・ドストエフスキー。 誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、あの有名な『罪と罰』の作者と同姓同名である。 最初は偽名かと怪しんだが、本当に本名であるらしい。 私が知っているドストエフスキーとは姿形は全く似ても似つかないけれど。 更に言えば、彼が居た世界では有名な文豪と同姓同名の人間がごろごろいるらしい。 しかも、彼らの大半は異能力と呼ばれる超能力のようなものを持っているというから驚きだ。 そう、彼はこの世界とは似て異なる世界の住人なのだった。 もちろん、最初から友好的だったわけではない。 突然異世界に飛ばされたのだという彼は、出会った当初は怪我をして弱っていたため、文字通り手負いの獣のようだった。 口調こそ丁寧だけれども警戒心を隠しきれておらず、なかなか自分のことを話そうとはしなかった。 もしかすると、私が下手な真似をしていたら殺されていたかもしれない。 彼の素性を知ってしまった今となっては、その考えが間違いではなかったとわかるから尚更恐ろしい。 そんな彼に怖じ気づきながらも懸命に怪我の手当てをし、弱りきって病人のようだった彼にせっせとご飯を食べさせて、適度な運動をさせるためにパソコンにかじりついていた彼を情報収集のためだと説得して散歩に連れ出して、と。 それはもう献身的に尽くしてきた結果、彼もやっと心を開いてくれた。 開き過ぎて、ちょっと戸惑うくらいに。 それはともかく、私に彼に対する害意がないと理解してもらえたことは素直に嬉しい。 「今日はどうします?買い出しに行く日でしょう」 「ええと、そうですね、ニンジンと玉ねぎ、お肉も買って置かないと」 「ぼくもついて行きますよ。荷物持ちくらいの役には立つはずです」 「ありがとうございます。実は期待してました」 「なまえさんは素直で可愛いですね」 今の会話の何処に私を可愛いと思える要素があったのかさっぱりわからないが、荷物持ちとして同行してもらえるのは正直ありがたい。 フョードルさんは身長は高いけれどとてもほっそりしていて、長身痩躯という言葉がぴったりの男性だ。 電子機器に強いと本人が自負するだけあって、パソコンを使わせると凄い勢いであちこちにアクセスしてあっという間にこの世界の情報を把握してしまった。 明らかに頭脳派なのであまり重い物は持たせられないが、少なくとも私よりは力があるのは間違いない。 彼を見つけた時に、救急車を呼ぼうとしてスマホを取り出した手をがしりと掴まれた時にわかったことだが、一見ひ弱そうに見えるものの、力では女の私は敵わない。 今のところ、彼はとても紳士なので助かっている。 彼がその気になれば、私なんて簡単にくびり殺せるだろう。 何となく、彼にはそんな考えを抱かせる不穏な部分があった。 「なまえさん、着替えなくていいのですか」 「あっ、すみません、すぐ着替えてきます」 「ここで着替えても良いのですよ」 「向こうで着替えて来るので覗かないで下さいねっ」 「残念。我慢します」 今は、まだ そんな言葉が聞こえた気がしてふるりと身を震わせる。 フョードルさんは何が楽しいのか、そんな私を見て機嫌よく微笑んでいた。 まるで鼠を前にした猫のようだ、と何となく考えてゾッとする。 「なまえさん?」 「な、何でもありません」 私はこの奇妙な同居人の視線から逃れるように急いで隣室に入り、ドアを閉めた。 ひょっとすると、とんでもない拾い物をしてしまったのかもしれない。 そう思うのはこれが初めてではなかった。 |