私は普段、異能力者であることを隠して生活している。 と言っても、犯罪組織に狙われるような類いの能力ではない。 私の異能、それは、他人から私に対する好感度がハート型のゲージとなって可視化出来るというものだ。 親密度が高いとハートの色が濃くなるという特徴を持っているこの異能は、カフェでの仕事にうってつけだった。 接客時のゲージの動きで自分の接客の良し悪しがわかるし、常連様への対応や、ヤバそうなお客様をあしらう時など、大変役に立っている。 昨日来て下さった常連客の中原さんなどは特にわかりやすい。 態度こそぶっきらぼうなのだが、ハートは7割まで埋まっていてオレンジ色をしているから、非常に友好的な間柄だと思ってくれているのがよくわかる。 常連客は中原さんだけでなく、近くにある武装探偵事務所の方とは皆顔馴染みで、皆様お得意様だ。 無論、私に対する好感度も把握済みである。 ただ一人、太宰さんを除いては。 太宰さんの好感度だけはどうしても見えない。 近くに来られるとハート型のゲージが消えてしまうのでわからないのだ。 だから、幾らにこにこと愛想よく話しかけられても、手を握られて熱っぽく愛の言葉を囁かれて口説かれても、本心が全く見えないので、本気なのかからかわれているだけなのか判断が出来ないため非常に困っている。 ただ、足しげく通って下さっているのは確かなので、この店を気に入って頂けているのは間違いないだろう。 太宰さんとのやり取りでわかったことだが、私は自分で思っていた以上にこの異能に頼りきりだったようだ。 「いらっしゃいませ」 入口のドアを開けた拍子に、上に取り付けられていたベルが涼やかな音を立ててお客様の来店を知らせた。 「こちらのお席にどうぞ」 ご案内したのは、白くふわふわとした露西亜帽を被った、白い服に黒い外套を羽織った黒髪の男性。 目の下には隈があり、肌は病的なまでに青白い。 うっすらと微笑んだその男性に、まるで光が吸い込まれていくような錯覚を覚える紫の瞳で見据えられ、私は戸惑った。 おかしい。 ハート型のゲージは最大値まで真っ赤に染まっていた。 色が黒っぽい赤なのが怖い。 未だかつてこんな色は見たことがなかった。 何より、初対面のはずなのに、好感度も親密度もMAXだというのがまずあり得ない。 「ご注文は何になさいますか」 恐怖に震えながらも愛想笑いを崩さなかった自分は、骨の髄まで接客業が染み込んでいるのだと思う。 「そうですね…では、紅茶を」 男は私から目を離さないままそう告げた。 「かしこまりました」 私は直ぐ様カウンターの中に引っ込んだ。 身体の震えが止まらない。 あの男は危険だと頭の中で警鐘が鳴り響いている。 しかし、私は勇気を振り絞って紅茶を運んで行った。 「ありがとうございます」 テーブルの上にティーカップを置くと、男はすぐにそれに手を伸ばした。 優雅な仕草で紅茶を飲む男から目が離せない。 そこへ、他のお客様から声がかかり、急いでレジへと向かった。 お客様の会計を済ませてほっと息をつく。 「御馳走様でした。美味しかったですよ」 ぎくりと身体を強張らせて顔を上げると、あの男が目の前に立っていた。 何ということはない。 紅茶を飲み終えてお会計をしにやって来たのだ。 私は少なからず救われた気持ちでレジを打ち、お勘定を受け取った。 お釣りを渡した拍子に手と手が触れ合う。 「それでは、また」 男は背筋が寒くなるような笑みを浮かべて私をじっと見つめてから、現れた時と同様に唐突に去って行った。 その姿が完全に見えなくなったのを確認して、バックヤードに駆け込む。 マスターに無理を行って早退させて貰うことにした私は、武装探偵事務所へ行くつもりだった。 彼処なら、彼らなら相談に乗ってくれるのではないかと淡い期待を抱いて。 そうして店を出て路地裏から通りに出ようとした私の前に人影が立ち塞がった。 「助けを求めても無駄ですよ」 あの男だった。 その瞬間、何故か、太宰さんの顔が頭に浮かんだ。 「今、あの男の顔を思い浮かべたでしょう。浮気はいけませんね」 「ひ…来ないで…!」 「怖がらないで。嗚呼、ですが、怯える貴女もまた愛らしい」 後退る私を壁際へとゆっくり追い詰めた男は、震える私に向かって両腕を差し伸べ、そっと私の身体を抱き寄せた。 「会いたかった」 「いつも遠くから貴女を見ていました」 「どれほどこの日を待ちわびていたことか」 「愛しています」 「貴女を愛しています」 次々と紡ぎ出される言葉は、私を奈落の底へ突き落とした。 最大値まで埋まったハートの謎は解けたが、恐怖はつのるばかりだ。 「ぼくはフョードル、フョードル・ドストエフスキーと言います。どうぞフェージャと呼んで下さい」 これからは、ずっと一緒ですよ、なまえさん 甘ったるい毒のような声音でそう囁いた男の言葉を頭が理解する前に、私の視界は漆黒の闇に染まっていた。 |