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昨日舞い込んだ依頼は、とある地方都市で異能力者が夜な夜な出没しては一般人を襲っているというものだった。

昨夜の内に太宰さんと共に現地に向かい、無事異能力者を制圧。
軍警に身柄を引き渡した時には既に空は白み始めていた。

そうしていま、始発の電車に太宰さんと二人並んで揺られている。

この沿線では昭和の時代の香り漂う懐かしのポリ茶瓶が今でも販売されていて、中高年の乗客を中心に人気が出ているという。
しかし、さすがにいまの時間帯では乗客はまばらだ。

太宰さんは少し前から私の肩に頭を預けて眠ってしまっている。

電車が駅に停車しておばあさんが降りていくと、車内の乗客は私と太宰さんだけになった。

これ幸いと、太宰さんの寝顔を観察する。

綺麗に整った顔立ち。
どうかすると人形めいて見えるほど美しいのに、普段は表情があるせいで無機質な感じは全くしない。
ただ、時折冷酷な発言をしたりする時に見せる表情はゾッとするほど冷たくて、正直なところ、この人との距離を掴みかねていた。

「ん……なまえちゃん」

「!」

一瞬、起こしてしまったかと思ったが、どうやらただの寝言だったようだ。
少しでもドキッとしてしまった自分を恥じた。

太宰さんは甘い声でいつも私を口説くけれど、それを本気にしてはいけない。
この人にとってはある種の社交辞令のようなもので、真に受けるだけ馬鹿というものだ。

彼は、彼なりのやり方で後輩である私を可愛がってくれているのだ。
少なくとも私はそう解釈していた。

この人の今の目標が“美女との心中”というあたりで察するべきである。

私は決して美女と呼ばれる類いの容貌の持ち主ではないし、とても太宰さんのお眼鏡に叶うとは思えない。

「なまえちゃんは可愛いね」

などと言われても、舞い上がったりしてはいけないのだ。

何より、太宰さんは好きになるには厄介すぎる相手だ。
本気になって後悔するのは自分なのだからと、私は固く己を戒めている。
この人に口説かれて本気になってしまった女性達の末路をいやと言うほど見てきた。

太宰さんという人を近くで見て来た私には、この人の心の中にはぽっかりとあいた穴があるような気がしてならない。
そして、女性達は無意識にその存在を感じていて、身を滅ぼすとわかっていてもその昏い穴の中に身を投げずにはいられないのだ。
まるで傾国の美女のような人である。

太宰さんから視線を離した私は、窓に目を転じた。

車窓の向こうにはのどかな田園風景が広がっている。
しかし、突然それが途切れたかと思うと、何の前触れもなく青い海原が目の前に現れた。

電車が速度を落とし、駅で止まる。

陽は既にある程度の高さまでのぼってきていて、青い海をキラキラと輝かせていた。

「ちょっと寄って行こうか」

「えっ?」

いつの間にか目を覚ましていた太宰さんにやや強引に手を引かれて電車を降りる。

「太宰さん?」

慌てふためいている内に、あっという間に電車のドアは閉まり、私達は置いて行かれてしまった。
なのに、太宰さんはまるで動じた風もなく笑っている。

「もう…次の電車が来るまで二時間もありますよ」

「いいじゃないか。その時間を有意義に使おう」

「ちょっと、太宰さんてば」

太宰さんはぐいぐいと私を引っ張っていく。
小さな無人の駅舎を出て、懐かしい感じのする石畳を通り、浜辺へ。

「やはり思った通り、この時間帯は一番美しく見える」

砂を踏んで歩きながら太宰さんが言った。
彼の視線の先には、あのキラキラと輝く海が広がっている。

「どうして急に電車を降りたりしたんですか」

「すまなかったね。どうしても、君とこうして海辺を歩きたくなったんだ」

「突然だからびっくりしました」

「ふふ」

太宰さんと手を繋いで、波打ち際を歩く。
いつの間にかそういうことになっていた。

寄せる波が足元の砂を洗ってはまた沖へと戻っていく。
陽の光を反射して海面が輝く光景は息を飲むほど美しい。

「心を持って行かれてしまわないように気をつけ給え」

目の前の景色に半ば心を奪われかけていた私は、太宰さんの言葉にハッと我にかえった。

「君の心を奪うのは私でありたいからね」

朝日を浴びて微笑む太宰さんのほうが、よほど目を奪われてしまいそうで危険だ。

「ともかく、いまは私達の初デートを楽しもうじゃないか」

太宰さんは楽しそうに言って、また私の手を引いて波打ち際を歩き始めた。

これがデートだなんて断じて認めるわけにはいかない。
──不覚にも、ときめいてしまったことも。

あと二時間。

その二時間の間に何かが決定的に変わってしまいそうで怖かった。



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