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「森さん、元軍人さんだったんですね」

「国防軍第356歩兵師団隊附一等軍医副。兵士達からは衛生科長殿と呼ばれていたねぇ。懐かしいな」

「26歳の森さん見たかったなあ。お写真とか残ってないんですか」

「残念ながら」

優雅に顎の下で手を組んで豪奢な椅子にゆったりと腰掛けている森さんは、ダンディズムの体現者のようだ。
今でさえこんなに素敵なのだから、若い頃はさぞかしモテたのだろう。
森さんの軍服姿見たかったな。
ストイックな色気に満ちていたに違いない。

「私にとっては戦争は70年以上前の出来事ですけど、こちらではまだたった十数年前のことなんですよね」

人々の記憶にもまだ新しい戦争の残した生々しい傷跡がここでは様々な場所に見てとれる。
それは私設孤児院だったり、スラム街という形で私に残酷な現実を突き付けてきた。

「最後の戦争の結果が敗戦で終わったのが同じなのが何だか不思議です」

「それは私も思ったよ。辿ってきた歴史が違うのに、それだけは覆せない事柄のように共通している」

異能という力があってもやはり勝てないものなのか。
そう考えた私の思考を見透かしたように、森さんは

「異能力者がいるのは日本だけではないからねぇ」

と教えてくれた。

なるほどと納得したその時だった。

「ママ!」

お腹の辺りに腕を回して柔らかい身体が抱きついてきたのは。

「ねえ、リンタロウ、難しいお話はもういいでしょう?ママとケーキを作りたいの」

「もちろんだよ、エリスちゃん。独り占めしてしまってすまなかったね」

途端に相好を崩してデレデレになる森さん。
本当に彼はエリスちゃんに弱い。

「いつもリンタロウばっかりずるいわ。あたしのママなのに」

「うんうん、そうだねぇ。二人の仲が良くて私も嬉しいよ」

まだ私に抱きついたままのエリスちゃんが私を見上げてくる。

「ママ、ねえ、いいでしょう?」

「ケーキね、うん、一緒に作ろうね」

「嬉しい!出来上がったらリンタロウにも分けてあげるから、大人しく待っててちょうだいね」

「ありがとう、エリスちゃん。楽しみだなぁ」

森さんがこの“親子ごっこ”をどこまで楽しんでいるのかはわからない。

けれども、ママ、ママ、と慕ってくるエリスちゃんが可愛くて、いつしか深く考えることはやめてしまった。

どうせ籠の鳥なのだから、楽しんだほうが有意義だと思うし。

「じゃあ、森さん。行って来ます」

「ところで」

椅子から立ち上がった森さんが歩み寄ってくる。

「君はいつまで私を苗字で呼ぶつもりだい?」

森さんは優雅な仕草で私の左手をとると、薬指に嵌められたリングに口付けを落として言った。


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