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※BEASTネタバレ


ある日突然私の家のバスタブの中に“落ちてきた”太宰さん。

彼曰く、元いた異世界ではマフィアのボスをやっていたそうで、屋上から投身自殺を試みたところ、何故か我が家のバスタブの中に“落ちて”きてしまっていたらしい。
何を言っているかわからないと思うが、私もよくわからない。

この太宰さん、投身自殺をはかるくらいだから何か相当ショックなことがあったらしく、家に来た当初はまるで脱け殻のように無気力で、それこそ自殺でもしてしまうのではないかと心配で、有休をフルに使ってしばらくはつきっきりでお世話をしていた。

その甲斐あってか、最近では少し元気を取り戻してくれたように見える。
何より、自分から色々なことを話してくれるようになったのが嬉しい。

「この街は平和だね」

家に籠ってばかりでは健康によくないと、買い物に連れ出した先で太宰さんが言った。
彼の瞳はオープンカフェのテラス席に座っている仲が良さそうな家族連れに注がれていた。

「私が居た所は争いが絶えなかった」

何となくそうなんだろうなとは思っていた。
マフィアが牛耳っていたというくらいだから、もう一つのヨコハマは相当治安が悪かったのだろう。

「酸化していく世界に耐えられなくて、私は自殺未遂を繰り返していたのだよ。そのせいで生傷が絶えなくてね」

身体中に巻かれた包帯はそういうことかと納得した。

「やっと成功したと思ったら、この有り様だ。笑えるだろう?」

ちっとも笑えない。
私は太宰さんの手をぐいぐい引っ張って歩き出した。

「そんなおかしなことが考えられなくなるくらい楽しい場所に連れて行ってあげますよっ」

それから私は休みの度に太宰さんをあちこちに連れ回した。
テーマパーク、水族館、博物館などなど。
とにかく思いつく限りのデートスポットに足を運んだ。

最恐に怖いと評判の戦慄迷宮では、何故か太宰さんは笑い転げてしまい、私が困惑するはめになったけれど。

「あんな怖いお化け屋敷で爆笑するなんてどうかしてますよ」

「その通り。私は普通じゃないのさ。それにしても、あれは傑作だった!」

思い出し笑いをする太宰さんに戸惑ったが、美味しそうにご飯を食べてくれるようになったし、まあいいか。
最初は全く食欲がなかったからなあ。

「なまえちゃん、お味噌汁おかわり」

「はい、太宰さん」


その夜のことだ。

真夜中に部屋のドアが静かに開かれ、太宰さんが入ってきたのは。

「太宰さん?」

太宰さんは無言のまま私のもとまで来ると、ベッド脇に跪いて私の手を取った。
ただ事ではない様子に慌ててベッドから降りた私は見てしまった。
太宰さんが声も漏らさずに泣いているのを。
私は咄嗟に太宰さんの頭を胸に抱え込むようにして抱きしめていた。

「織田作が……」

聞こえた悲痛な呟きは、耳にしたこちらの胸が詰まるような哀切に満ちていた。

溺れている人間が浮き輪に縋りつくように太宰さんが強く抱きしめ返してくる。
そんな彼を私は抱きしめたまま、優しく背中を撫でてあげることしか出来なかった。
でも、それで落ち着いたのか、しばらくして太宰さんはそっと身体を離した。

見上げてくる端正な顔がまるで幼子のようで胸が痛くなる。

「なまえちゃん…」


その夜、私は初めて太宰さんに抱かれた。


「おはよう」

「おはようございます…」

お互いにまだ布団の中は裸のまま。
挨拶を交わした太宰さんが私の首筋に顔を埋めて頬をすり寄せてくる。
心を許した相手には甘えん坊さんなんだなと微笑ましく思っていると、顔を寄せてきた太宰さんに朝から濃厚なキスをされてしまった。

「ふぇ…」

「ふふ、可愛い」

艶めいた微笑を浮かべた太宰さんが私の頬を手の平で包み込む。

「出かけられそうかい?ちょっと付き合ってほしい所があるんだ」

太宰さんに連れて行かれたのは、意外なことに競馬場だった。
ギャンブルはマフィア界では日常だったのだろうけど、こちらの世界でも大丈夫なんだろうか。

「まあ、見ててご覧よ」

はらはらする私をよそに券を買って来た太宰さんは、そう言って笑った。



終わってみると、結構な大金になっていたので驚いた。
太宰さんはどのレースでも必ず1位になる馬を当てていたのだ。

「これで服を買おうと思ってね」

「服ですか?」

「そう。だからもう少し付き合ってくれ給え」

太宰さんが選んだのは、砂色のロングコートに白いシャツとグレイのベスト。下は白いズボンに革靴。
胸元には青緑の石が付いたループタイ。

「うん、やはりこっちのほうがしっくりくる」

彼は最後にビッグカメラに寄ってノートパソコンを購入した。

「小説を書いてみようと思ってね」

家に帰ってパソコンを使えるようにセッティングした太宰さんが穏やかな声音で私に告げた。

「かつて、大事な友がそうしたように…私も自分の物語を書いてみたくなったんだ」

「もしかして…異能力バトルものですか?」

「そう、対立し、時には手を取り合って街と人々を守る者達の物語さ」

それから太宰さんは執筆を続け、彼の誕生日である今日、念願の返事が出版社から届いたのだった。

多少手直しする必要はあるが実に興味深い内容であるため、是非書籍化を前提に今後のことを話し合いたい、とのことだった。

「お誕生日おめでとうございます、太宰さん」

「ありがとう」

出版社の担当者と電話で話終えた太宰さんは私の手をとって指を絡めると、ぎゅっと握りしめて、祈るような形で顔の前に持ち上げた。

「君に逢えて良かった。心からそう思うよ。君がいてくれなければ、私はまた生を諦めるところだった。君は私の恩人で、誰よりも大切な女性だ」

「太宰さん…」

「なまえ」

二人の顔が近づき、自然と唇が重ね合わされる。

口付けが深くなろうとした時、浴室からバシャーン!と何かがバスタブに溜めてあったお湯に落ちる音が聞こえてきた。

「おい、太宰!どこだ!居るんだろう、手前!」

男の人の怒鳴り声に、太宰さんは一瞬目を丸くし、それからプッと吹き出した。

「とんだ誕生日プレゼントが降ってきたようだ」

それからの騒動は割愛する。

とりあえず、いまは
ハッピーバースデー太宰さん
これからの貴方の人生が幸せなものでありますように。


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