「なまえ。起きて下さい、なまえ」 覚醒を促す声に導かれるように、深い眠りに落ちていた意識が急激に浮上する。 目を開けると、ぼんやりとした視界に誰かの顔が映り込んだ。 「だれ……?」 「酷いですね。恋人の顔を忘れてしまったんですか」 ぼくです。貴女のフェージャですよ。 そう言われて、ようやく冬眠していた脳が働き始めた。 彼はフョードル・ドストエフスキー。 私の恋人……ではない。あくまでも自称だ。 フェージャとの関係は置いておくとして。 私達は地球に着くまでの間、コールドスリープに入っていたはずだ。 ということは、そろそろ地球に到着するのだろうか。 「いいえ、まだ地球まではかなり距離があります」 私の考えを読んだようにフェージャが言った。 「マザーが緊急事態と判断して、強制的にコールドスリープから目覚めさせたんです」 「緊急事態?」 「ええ。とにかく、支度をして下さい。話はそれからです」 「わかった」 私は身体に刺さっていた点滴針を引き抜くと、すぐにシャワーブースに向かった。 屍衣みたいに身体に張り付いていたタンクトップとショーツを脱ぎ捨て、ボタンを押す。 熱いシャワーを浴びて身も心もシャキッと目覚めたところで新しい服に着替え、待っていてくれたフェージャと合流した。 「それで、何があったの?」 「やあ、お目覚めかい、眠り姫」 ミーティングルームの前で太宰さんに会った。 私より先に目覚めていたらしい彼は、コールドスリープに入る前と同じ服装だった。 見慣れたそれに少しほっとする。 「私のキスで起こしてあげようと思っていたのに」 「残念でしたね、太宰くん。ぼくが先にしてしまいました」 「ちょっと待って。何してくれてるの、フェージャ!」 「そうだ。抜け駆けはよくない」 話しながら室内に入ると、既に他の船員達が待っていた。 コールドスリープのベッドが一番奥だったから、私が一番最後に目覚めたらしい。 「何があったんですか?」 敦くんが太宰さんに尋ねた。 「この船は異星体に汚染されています」 答えたのはフェージャだった。 「マザーの記録から判明しました。前のステーションで異星体が侵入した形跡がありました」 「異星体?」 「詳細はわかっていません。しかし、異星体と接触することで汚染され、その人物は人間ではなくなります。この船内にはいま人ならざる者が紛れ込んでいるのです」 室内にざわめきが広がった。 「確かめる方法はないのか?」 真っ先に冷静な問いかけをしたのは船長である福沢さんだった。 「残念ながら、医務室にあった検査キットは既に何者かに破壊されてしまっていてね」 ドクターの森さんがお手上げのポーズで答える。 「そんな知能があるのか」 「誰にも気づかれない内に人間に成り済ますくらいだからねぇ。相当狡猾な生命体だと考えるべきだろう」 「そいつの目的は何なんだ?人間に成り済まして何をやろうとしてやがる?」 中也くんが言った。 「まずは仲間を増やすことでしょうね。異星体に汚染された者は、他の人間を噛むことで仲間を増やしていきます。最終的にはこの船を乗っ取り、地球に向かうはずです」 「おい、待てよ。そんなヤツが地球に降りたら」 「ええ、彼らの最終目的は人類の滅亡です」 フェージャの言葉に室内は水を打ったように静まりかえった。 皆、深刻な顔つきでフェージャの言葉の意味を吟味している。 しかし、その中には人類の滅亡を目論む汚染された生命体が紛れ込んでいるのだ。 なんということだろう。 「何としても、地球に着く前に汚染された人物を見つけ出さなければならない」 福沢さんが重々しく言った。 あまりの事態の恐ろしさに、隣に立っているフェージャの袖をきゅっと握る。 彼は私を安心させるように微笑んだ。 「大丈夫です。貴女はぼくが守ります」 「フェージャ……」 「人間であろうがなかろうが、貴女は誰にも渡しません。安心して下さい」 ──はっ。 「なんだ……夢かあ……」 新年早々おかしな夢を見てしまった。 「おはようございます。随分うなされていましたね」 優雅に頬杖をつきながら私の顔を覗き込んでいる、そこの君。 にやにやしながらパジャマの中に手を入れようとしてくるんじゃない。 変な夢見たのは絶対君のせいだから! |