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「なんでなまえじゃなくて自分なんだって思ったことはねぇのか」

未来へやって来てからのある日、綱吉はリボーンからそう尋ねられた事がある。
その時、綱吉は何を言い出すのかと言わんばかりの顔で「ないよ。あるわけないだろ」ときっぱり返した。

「それはさぁ、もしなまえが男兄弟だったら、多少はなんでだよって思ったかもしれないけどさ」

でもなまえは女の子なのだ。
男女差別じゃないのかと言われそうだが、綱吉の本心なのだから仕方ない。
綱吉にとってなまえは守るべき存在だった。
それこそ物心つく頃にはもう既にそう思うようになっていた。

対するなまえは、綱吉に母性本能めいた庇護欲を感じているようだった。
それがくすぐったくもあり、たまに照れ隠しに邪険に扱ってしまうこともあるけれど、決して嫌なわけじゃない。

そうやって誰に教わるでもなく彼らはごく自然にお互いを大切にしてきたのだ。
今更この感覚は変えられない。

「なまえじゃなくて良かったと思うことはあっても、なまえだったら良かったのになんて思ったことは一度もないよ」

「そうか」

リボーンは満足そうにニッと笑って教え子を見遣った。

「上出来だぞ。それでこそボンゴレ10代目だ」

「なっ…! だから俺はマフィアになんかならないって!!」

リボーンはきっと知っていたのだ。
知っていて、再確認させる為にわざと質問したのだろう。
どんな問題にぶつかっても、安易に答えを示してやるのではなく、綱吉自身に考えさせて答えを導くのがいつものリボーンのやり方だったから。


その数日後。

綱吉はなまえと一緒に食料倉庫の冷たい階段に姉弟で並んで座って、ぽつり、ぽつり、とたわいのない話をしていた。

修行の事。
仲間の様子。

こんなに話しこんだのは未来の世界にやってきて以来初めてかもしれない。

京子ちゃんのカレーは最高だと言えば、ハルちゃんも一緒に作ってたでしょ、と笑って訂正された。
そういうなまえ自身は現在雲雀恭弥に預かりの身で、綱吉達とは離れて、このアジトに隣接した風紀財団の地下施設で暮らしている。

グスン、と小さく鼻を鳴らす音が聞こえても、なまえは隣に座ったままただ優しい沈黙を守ってくれていた。

そこはやはり双子。
綱吉がどうして欲しいのかちゃんと理解しているのだろう。
綱吉にも一応男の子としてのプライドがある以上、ヘタに慰められるよりもずっといい。

「ぜんぜんなんにも分かってなかったんだよなあ、俺……」

それはあまりにも当たり前になされていた事だったため、こんな異常な状況下に置かれてしまうまで、綱吉はまったく気が付かなかったのだ。

例えば、洗濯物。
汚れた服を洗濯籠にポイと放りこんでおけば、それはいつの間にか綺麗に洗濯され、畳まれた状態で箪笥の引き出しに戻っていた。

ご飯よ、と呼ばれて部屋から降りて行けば、栄養のある美味しい食事がテーブルに並んでいた。
おやつやジュースだって、いつの間にか補充されていたものだ。

勿論、綱吉だってまったく手伝いをしていなかったわけではない。
リボーンが来て、ランボが来て、イーピンやビアンキやフゥ太が来て。
そうして居候が増えるたび、買い物を頼まれたり、家事の手伝いをする機会は増えていった。
でも、それはやはり子供のお手伝いの域を出るものではなく、綱吉は、母親が普段どれだけ彼らが居心地よく生活出来るように尽くしてくれていたのか、想像も及ばなかったのだ。



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