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“シュレディンガーの猫”って知ってるかい?

…あー、でも、あれは放射線や粒子なんかの専門用語が出てきて君には少し難しいかもね。
もう少し分かりやすい例え話にしようか。


まず、四角い匣のような部屋があるのを想像してみてごらん。

部屋のドアは自動で施錠されるようになっていて、24時間経たなければ絶対に開かない。
ナノコンポジットアーマーの壁で出来た部屋だから、君のお友達や家庭教師の先生にも壊せないよ。
自力での脱出は当然不可能、外からの救出も不可能ってことだね。

そこへ、催淫効果のある薬を飲まされてえっちな気分にさせられちゃった君と、君に好意を寄せている男を二人きりで閉じ込めたとしよう。

脱出不可能な部屋の中で、媚薬の効果のせいで苦しそうに喘いでいる可愛い君と二人きり。
ヤってしまえば君は楽になる。


24時間後、ドアが開いた時二人がどうなっているかは二つに一つ。
セックスしたか、していないか、そのどちらかだ。
それは誰かがドアを開けてみるまで分からない。

ドアが開くその時まで、密室の中には、「男と絡みあい、恥じらいながらも快楽に溺れる君」と、「男に看病されながら健気に耐え続けている君」が同時に存在していることになる。
つまりパラレルワールドさ。



白蘭の含み笑いが鼓膜を揺さぶる。
耳から肩のあたりまでがぞわぞわした。

「どうだい、なまえチャン。そろそろえっちな気分になってきたんじゃない?」

「な、なってません!」

「本当に?」

「なってませんってば!」

またもや含み笑い。

白蘭は眼差しをなまえに向けたままグラスに唇を付けた。
たったそれだけの動作が、何故だかとてつもなく淫靡なものに見えてしまう。

ディナーとして運ばれてきた料理は、どれも素晴らしく美味しかった。
個室に通された事にも、一皿ずつ料理が運ばれてくる事にも違和感を覚えることはなかったが……最後に給仕が出て行ってからどれくらい経っただろう?
白い壁に囲まれた部屋の中には、白蘭となまえだけしか存在していない。
なまえは急に不安になった。

「冗談ですよね?さっきのはただのお話ですよね?」

「うーん、どうだろうねえ」

白蘭は笑っている。
赤い舌がチラリと覗いて唇を舐めた。

「それより、そろそろ甘いものが食べたくなってきたなぁ」

何だか少し息苦しい。
身体がだんだん熱くなってきている気がする。

先ほどの『例え話』の中で、一つだけ確かな事があった。
それは、なまえ自身には最初から選択権などないということだ。

部屋の唯一の出入口であるドアが開くかどうか、確かめにいく勇気はなかった。



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