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(うう〜…やっぱりスクアーロについて来て貰えば良かった…)

薄暗いコテージの中。
洗面所の鏡に映る自分の顔に怯えながら、なまえはまるでホラー映画のワンシーンのようだと思った。
外は暗い森。
おまけにすぐ近くに湖まであるという、絶好のロケーションである。

せっかくコテージで休暇を過ごすのだからと、ここに来る前になまえは洒落でホラー映画や海洋パニックものの映画ばかりを手当たり次第にレンタルしてきた。
こんなに長々と尺をとってまでやる必然性があるのかと首を傾げたくなるようなやたら濃厚なベッドシーンがあるのも、この手のホラー映画のお約束。

巨大鮫が出てくるものなどはまだ楽しく笑って観ていられたが、実際の事件を元に制作されたという、ダイビング中に海の真ん中に取り残されたカップルが遭遇する恐怖の一夜を描いた映画だけはさすがに笑えなかった。
非常に後味の悪い終わり方だったため尚更である。

その映画を観終わったなまえは、気分転換も兼ねてトイレに立ったのだが──。

(…誰もいないよね…?)

勿論いるはずがない。
いるはずがないのだが、アイスホッケーのマスクを着けた殺人鬼や、死霊にとり憑かれてゾンビのようになった人間がドアの向こうに立っているのではないかと想像し、廊下に出るためのドアを開けるさえ躊躇してしまう。

ニヤニヤ笑いながらついていってやろうかと言ってくれた恋人に、もう子供じゃないんだから一人で大丈夫だと答えた手前、出来れば平然とした顔で彼の所に戻りたかった。

意を決してドアノブを回す。

何もいないはずのそこには、しかし、予想外のモノが待ち構えていた。

「ッ───!!」

人間など一口で丸飲みしてしまえそうな巨大な鮫の顔が目の前に浮かんでいるのを見たなまえは、危うく悲鳴をあげかけた。
だが、すぐにソレの正体に気付いて、ほっと安堵の溜め息をつく。

「なんだ、アーロかぁ…びっくりした〜…」

よしよしと巨大鮫の鼻先を撫で、なまえは廊下に出た。
唯一明かりがついた明るいリビングへと向かって歩いていく彼女の後ろを、暴雨鮫が従順なペットのようについてくる。

部屋に戻るとスクアーロは電話中だった。
だから自分の代わりに、ビビりまくっていたなまえを心配して暴雨鮫を派遣してくれたのだろう。

戻ってきたなまえを見たスクアーロが、片手に衛星電話を握ったまま、もう片手で彼女の頭を撫でる。

「頼んだぞぉ」

そう言って電話を切ったスクアーロになまえは爪先立ってキスをした。
お返しというには情熱的な口付けが返ってくる。

なまえの腰を抱き、鼻先をすり合わせるようにしてスクアーロが笑った。

「余計な心配だったかぁ?」

「ううん、本当は怖かったからアーロが迎えにきてくれて良かった。有難う」

暴雨鮫は二人の周りをぐるりと回って泳いでいる。
その光景はパニック映画で獲物の周囲を泳ぐそれに似ていた。



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