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「──わかった」

思っていたような情報が引き出せなかったのか、男はそれ以上の問答を諦めたようだ。

「もう遅い。今夜はこのまま休ませて、詳しくは明日話し合うとしよう」

「かしこまりました。お休みなさいませ、ジョット様」

使用人頭は、寝間着の上に着ていたガウンを指先でちょっと直して、ジョットと呼んだ男に恭しく頭を垂れた。
それから少女に向き直り、同じように挨拶をしてから退室して行った。

ジョットが近づいてくる。
少女も今度は怯えたりしなかった。
落ち着いてよくよく見れば、男の容貌には確かに見覚えがあったからだ。
まだはっきりとは思い出せないが、自分が彼と──あるいは彼によく似た人物と顔見知りであることは間違いない。

「すまなかったな、驚かせて」

「いえ……私のほうこそごめんなさい」

「何故謝る」

「だって、」

少女は口ごもった。
自分達がどんな関係であったかも思い出せない以上、不用意な発言はするべきではない。
そんな慎みが彼女の口を閉ざしてしまっていた。
あくまでも推測に過ぎないが、こんな夜更けに女性の部屋を訪れるということは、ジョットと自分はそういう間柄だったのではないだろうか。
そう思うと、なんだか申し訳ない気分だった。

「何も心配せず、今夜はもう休むといい」

「……はい」

慰めるように微笑んで少女の肩にぽんと手を乗せると、ジョットは部屋から出て行った。


翌朝も状況は大して変わらなかった。

少女は相変わらず記憶喪失のままだったし、昨夜の出来事はすべて夢で、目が覚めたら何もかも元通りになっていたということもなかった。残念ながら。

「ジョット様もジョット様です」

ギラリと眼鏡を光らせて、厳めしい顔つきの女中頭が言う。
朝一で部屋を訪れた彼女は、ワゴンに乗せて持ってきてくれた朝食をテーブルに置き、てきぱきとカーテンを開け、少女の身支度を手伝ってくれているのだった。

「幼い子供同士ならばいざ知らず、もうお互いに年頃の男女だというのに、未だになまえ様をお傍から離されないなんて。ご婚約されるのなら早くそうなさればよろしいのに、一体何を考えておいでなのか……」

どうやら“なまえ”とジョットの間には複雑な事情があるらしい。
記憶がない以上、まともな相槌も打てずに困りはてている内に、憤然としたまま支度を整えた女中頭は「失礼致しました」と告げて退室してしまった。

「えっと……」

一人取り残された少女は、今の内に情報を整理することにした。

わかっているのは、ここがジョットの家であるということ。
自分の名前は“なまえ”であるらしいこと。
ジョットとなまえは親戚か幼なじみで、深夜に寝室を訪問するような仲だけれども、正式な婚約はしていないということ。

これからどうすればいいのだろう?
どうして突然記憶喪失なんかになってしまったんだろう?

わからないことだらけだった。



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