「不二くん!」

ちょうどベンチに座っていた不二を見つけて声をかける。
駆け寄っていくと、彼は嬉しそうに微笑んでベンチから立ち上がった。
気のせいか少し顔色が悪いように見える。

「有り難う。来てくれたんだね」

「午後からだって言ってたけど、間に合った?」

「うん、今ちょうどランチタイムで、終わったらすぐ僕の試合だよ」

「そっか、頑張ってね」

「七海ちゃんが応援に来てくれたから勝つさ」

不二くんは相変わらず女の子の扱いが上手だなぁと笑って、七海はクーラーボックスを開いてみせた。

「約束のアップルパイ、持って来たよ。すぐ食べれそう?」

「うん、いただくよ」

「不二」

不二の返事に被せるようにして鋭い声がかかった。
部長の手塚だ。
彼は険しい表情でこちらを見ている。

「やめておけ。さっきまで食べ過ぎて気分が悪いと言っていただろう」

「えっ!?」

どういうことなのかと手塚を見ると、彼は苦い表情で先輩から昼食の差し入れがあったばかりなのだと教えてくれた。
先輩と後輩という関係上、断りきれずに食べたのだが、結構な量があったらしい。
食べ盛りの桃城などはともかく、不二の胃には少しきつかったようだ。

「大丈夫、食べられるよ」

「ダメだ」

「僕が彼女に頼んだんだ、手塚。どうするかは僕が決める」

「無理しないで不二くん。私なら平気だから」

家に持って帰って食べるから、と言おうとした時、背後から声がかかった。

「それ、いらないなら俺にくれよ」

「そうだね。俺も頂こうかな」

振り返ると、今日の対戦相手である立海テニス部の二人、丸井と幸村が七海の後ろに立っていた。

「えっ、あの、」

「びっくりさせてごめん。でも、もし良かったら俺達に譲ってくれないか?」

「は、はい、どうぞ」

おっかなびっくり差し出すと、先に声をかけてきた丸井はさっさと一欠片掴んでぱくっと食べてしまった。

「へえ、うまいじゃん」

「いえ、お粗末様です」

「いや、マジでうまいって」

「自信を持っていいよ。食べ物に関しては、丸井の舌は確かだから」

幸村が七海に優しく微笑みかけた。

「有り難う。俺は幸村精市。こっちは丸井ブン太」

「シクヨロ」

「七瀬七海です。初めまして」

「ふふ、よろしく。同じ学年だから敬語じゃなくていいよ。俺も一口いいかな?」

「うん、どうぞ」

幸村がアップルパイを手に取る。
上品な食べ方だなと思った。

「なぁ、レシピ教えてくれよ。俺も家で作る」

聞けば、丸井は食べるのも好きだが自分で作る事も多いらしく、プロのパティシエも認めるほどの腕前なんだとか。

「ちょっと待ってね、えーと…何かメモ出来そうなのは…」

「スマホは?」

「あるよ」

「ならアドレス交換しようぜ。後でメールでレシピ送ってくれよ。出来るだけ詳しく頼むな」

「うん、了解」

「俺もいいかな?」

「レシピ?うん、分かった送るね」

そう言うと何故か苦笑されてしまった。

「えっ、何か私へんなこと言っちゃった?」

「いや、そんなことないよ。七瀬さんは可愛いなと思って」

「えっ!?」

「幸村くん、突然すぎだろぃ」

「丸井は単に食べ物に釣られただけだろ。俺は完全に七瀬さんが目当てで声をかけたから」

「ええっ!?」

そんな彼らのやり取りを不二は複雑そうな表情で見つめていた。


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