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※10年後で成人夢主


店の出入口の引き戸を静かに開けて男が一人入ってきた。
今夜もいつも通りの時間だ。

「いらっしゃいませ」

出来たばかりの料理を盛り付けた大皿に透明フードを被せ、真奈はにこやかに客を迎えた。
母から継いだこの小さな食堂は、月水金の夜だけ酒と料理を提供する小料理屋となる。
体力に余裕があれば毎日やりたいところだが、昼のランチタイムのために早朝から仕込みを行うため、毎日深夜早朝まで通しで営業となるとさすがにキツイ。
その隔日の夜にこの客はやって来るのだった。

「こんばんは、恭弥さん」

やあ、と薄く笑って、雲雀恭弥はすっかり指定席となった一番奥のカウンター前の席に腰を降ろした。
いつもそこで注文したものを黙々と食べ、食後は日本酒を飲みながらまったりと過ごしてから帰るのが常だった。
スーツの時は仕事帰り。和服の時はプライベート。
それが彼の服装の決まりだ。
今日はスーツだから仕事を終えてから来たのだろう。
端正な顔からは疲労の色は伺えないが、わずかながら不機嫌そうな感じがする。

「お仕事お疲れ様です」

「そうだね、少し疲れた」

お冷や代わりの熱いお茶を出して言えば、気怠げな声でそう返された。

「今日はつまらない仕事だったよ」

「そうみたいですね。そんなお顔をしています」

そう、と呟いた雲雀が瞳を伏せて茶を啜る。

「やり甲斐のあるお仕事だった時は私から見てもわかるくらいご機嫌が良さそうですから」

「君に解るぐらいだから余程分かりやすく顔に出ているんだろうね」

喉を潤して一息ついた雲雀は少し笑って真奈を見た。
どちらかといえば硬質な印象を受ける容貌と雰囲気なのに、妙な色気のある人だ。

「今日は何をお召し上がりになりますか」

「これは?押し寿司かい?」

「はい。子供の日にちなんで鯉のぼりの形にしてみました」

「ああ…そうか、今日は子供の日か」

気のない様子で雲雀が頷く。まあ成人男性としては普通の反応だろう。

「はい。端午の節句ですよ」

「僕の誕生日だ」

「えっ」

「何が『えっ』なの」

「恭弥さん、お誕生日なんですか!?」

「さっきそう言ったよ」

聞こえなかったの、と別に気分を害した風でもなく言う雲雀に真奈は少し困惑した。
確かに何日も前から自分の誕生日をアピールする男もどうかと思うが、目の前にいる彼は心底自分の誕生日なんて興味がない、どうでもいいという印象を受けたからだ。

「すみません。知っていればお祝いをご用意しておいたんですけど…」

「もう誕生日を祝うような年でもないだろ」

「そんなことないです。幾つになってもお誕生日はお祝いしていいはずですよ。生まれてきてくれて有難う、って感謝する日なんですから」

「君が僕を祝ってくれるの?」

「勿論です」

真奈は力強く頷いた。
そして精一杯心をこめて笑顔で祝いの言葉を述べた。

「お誕生日おめでとうございます、恭弥さん」

「…………うん」

一瞬の沈黙ののち、雲雀がそっけなく頷きを返してくる。

「意外と悪くないものだね。君に祝って貰うのは」

その刃物のような鋭い切れ長の瞳が和らぎ、はにかむような笑みをみせたことに真奈は驚いた。

どうしよう……──ちょっと可愛いかもしれない。



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