夕暮れどき。 澄みきった青空とはまた違う茜色に染まりゆく夕空特有の美しい大気のなかを、一羽の黄色い小鳥が飛んでいた。 グラウンドから響いてくる運動部の掛け声。 音楽室の辺りからは練習中とおぼしきブラスバンド部の演奏が聞こえてくる。 どこにでもある放課後の学校の風景。 小鳥は大きく弧を描いて旋回すると、校舎の一角へと向かった。 主人のいる部屋の窓へと。 初めて触れた彼女のそこは想像以上に柔らかく、甘美な感触だった。 泣かれるか抗議されるかくらいは覚悟していたのだが。 「真奈?」 ──おかしい。 まったく反応がない。 真奈にとっては突然の暴挙といっても良い出来事だったというのに。 桜色をした少女の唇から自分の唇を離した雲雀は、未だお互いの吐息が触れ合う距離で彼女の様子を観察しながら、最強最悪と恐れられている男とは思えぬほどあどけない仕草で小首を傾げてみせた。 間近に見える少女の愛らしい顔。 そこには懸念していたような負の感情は見受けられなかった。 ただ、蜂蜜色の瞳がこぼれ落ちそうなほどぱちくりと見開かれている。 びっくり。 一言で言い表すならまさにそれだ。 嫌悪でも拒絶でもなく、ただ心の底から驚いているといったその様子に、思わず自分が仕掛けたのだという事実を棚に上げて「いいのかい、それで」と突っ込みそうになった。 トロくさい子だと思ってはいたが、まさかこれ程までとは。 「ねえ」 柔らかな手触りの良い頬を両手で包み込んで、雲雀は言う。 いい加減焦れてきた。 「返事をしないなら、もう一度するよ」 それがスイッチを切り替えたかのように少女の頬が一気に薔薇色に染まった。 現状を理解した途端慌てて身を離そうとするが、もう遅い。 雲雀は右手を彼女の首の後ろに、左手を彼女の腰に回して、しっかりと捕まえていた。 「ダメだよ。逃がさない」 「きょ、恭弥さんっ…!」 「なんだい?」 今にも泣きだしてしまいそうな困った顔をして名前を呼ぶ真奈を瞳を細めて眺める。 自分達はまだ子供だ。 でもお互いの相手に対する想いに嘘偽りはない。 大人のそれよりももっと純度が高く、だからこそ身を焦がすくらいの熱量を持っているそれは、確かに愛情と呼ぶべきものだった。 この子になら特別な言葉をあげてもいいと思えるほどに。 「好きだよ」 「恭弥さ…」 「君が好き」 華奢な身体を引き寄せて額を合わせて囁く。 少女のミルク色の肌から香る、蜜の香にも似た甘やかな匂い。 ずっとこの匂いが好きだった。 涙で潤んだ蜂蜜色の瞳が至近距離にある。 とろりと蕩けたそれを舐めてみたいとふと思った。 この子の身体はきっとどこもかしこも甘くて美味しいに違いない。 「んっ」 思わずその眼の端を舐めると、腕の中の身体がびくんと跳ねた。 きゅっと瞳が閉じられる。 (…震えてる…) 「怖い?」 ぱちぱちと瞬きをしたあと、真奈は緩慢な動作で首を横に振った。 「じゃあ、いいよね」 耳まで赤く染めて細かく震えながらも、真奈は拒絶の言葉を吐く事はなく、ただ静かに瞳を閉じた。 雲雀の学ランをぎゅうと握って、覚えたての愛情表現を受け入れる。 もう一度。 そしてもう一度。 重なる唇と、重なる二つの影を、利口な小鳥は窓辺にちょんと止まったまま見守っていた。 |