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夜間の町の見回りの帰り、公園の脇の道を歩いていた雲雀は靴底に感じたパキリという感触にふと足を止めた。

桜の小枝だ。
せっかく咲いたのに無惨にも地面に落ちてしまったそれは、彼がそうするよりも前にすでに通行人によって踏みつけられていたらしく、すっかり土で汚れていた。

見上げれば、その枝の落下元である桜の木が目に入る。
先日の強風を伴う花散らしの雨のせいでだいぶ枝が落ちてしまっていたものの、その木はまだ花見に耐えうるだけの量の白い花を夜風にそよがせていた。

雲雀にとって桜は屈辱的な記憶に繋がる花だ。
しかし──。
風にそよいで揺れる可憐で柔らかな白い花。
儚げでありながら不思議と人を惹き付けるその花は、彼に一人の少女の姿を連想させた。

自然と足が向いた先は夜の闇に沈む沢田家だった。
昼間は子供達の声で賑やかしいが、さすがに寝静まっているらしく、家から漏れ聞こえてくる音はない。
ブロック塀を足がかりにして一気に窓辺まで飛ぶ。
音もなく着地した雲雀はそっと窓に手をかけた。
──開いている。
何の抵抗もなく開いてしまった窓に、相変わらず無防備な、と侵入者が言うのもどうかと思うことを考えながら雲雀はさっさと室内に身を滑りこませた。
勝手知ったるなんとやらで、脱いだ靴を窓辺に置かれたシューズラックに引っ掛ける。

(寝てる……)

明かりがついていない時点で予想はしていたが、やはりお目当ての少女はベッドですやすや眠っていた。

とりあえず寝顔を見て帰ろうとベッドに近付く。
しかし、真奈の姿を目の前にしたら、ただ“見る”だけでは我慢出来なくなってしまった。

「………ん」

そっと頬を指の背で撫でた瞬間、少女が吐息を漏らして身じろぎした。
睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開く。

「…恭弥さん…?」

「うん。ごめん、起こしたね」

真奈はもそもそと起き上がり、雲雀に向かって手を伸ばした。

「つめたい…」

小さな手の平で雲雀の顔や首筋をぺたぺたと触って、少女が呟く。
とろんとした蜂蜜色の瞳とあやふやな口調は彼女が半ば以上夢の国の住人となっている事を示していた。

真奈はぽんぽんと自分の体温で暖まった敷き布団を叩いてみせた。

「恭弥さん、ねんね」

「…君、寝ぼけてるでしょ」

「ねんね」

「…………」

小さく息をつき、学ランを近くにあった椅子に掛けると、雲雀は真奈のベッドに入った。
暖かい。
横になった途端、心地よい温もりと甘い匂いに身体を包み込まれ、知らない内に夜の冷気で固くなっていた身体から力が抜けていった。
こうなると突然眠くなってくるから不思議だ。

「恭弥さん…好き…」

「そう」

真奈は自分の温もりを分け与えるように、あるいは甘えるように、雲雀の身体に腕を回して抱きしめ、ぴたりとくっついてくる。
その髪からも身体からも雲雀が大好きな甘い良い香りがしていた。
彼女の柔らかい身体を抱きしめ返しながら、雲雀は満足げな表情で目を閉じた。

「僕もだよ」



翌朝、隣で眠っている雲雀を見て、目が覚めた真奈が自分がしでかしてしまった事を思い出して恐慌状態に陥ったのはある意味当然の結果だった。



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