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夏休みだから閑散としているだろうと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。
真奈が学校の校門を入ると直ぐに、カキィーンという心地よい打撃音とともに、グラウンドで練習中らしい野球部の部員達の元気な声が聞こえてきた。

夏の暑さも彼らの情熱には敵わないのかもしれない。
もしも誰かが、運動部には夏休みなんて関係ないのかと問えば、いや夏休みだからこそ朝から夕方まで練習に明け暮れるのだと胸を張って答えるだろう。
しかし、灼熱の陽光の下で一日中グラウンドを走り回っていて熱中症にならないだろうかと心配になってくる。

「おーい、真奈!」

昇降口に向かいかけていた真奈は足を止め、呼び声の主を探してきょろきょろと辺りを見回した。

「こっちだ、こっち!」

校舎B棟前にある水道の所に山本が立っていた。
朗らかな笑顔で手を振っている彼は、汗だか水だかで頭からぐっしょり濡れている。

「野球部の練習?」

「ああ。この調子なら今年もイケるぜ」

山本はタオルで頭を拭きながら笑顔で頷いた。
つくづく爽やかなスポーツ少年の見本のような少年である。

「真奈はヒバリのとこか?それ差し入れだろ」

「えっ──う、うん」

ズバリ言い当てられて真奈はドギマギした。
もしかすると頬もちょっと赤くなってしまっているかもしれない。
天然男と侮るなかれ、山本は意外に鋭かったりもするのだ。

「いいよなー、ヒバリは。夏休みも美味い弁当を持ってきてくれる彼女がいてさ」

冷やかすつもりなどカケラもない、屈託のない笑顔で山本が言う。

そう、夏休みだというのに真奈がわざわざ学校へやってきたのは雲雀に弁当を差し入れる為だったのだ。
もちろん勝手に押しかけてきているわけではなく、雲雀に頼まれての事だった。

「でも、野球部にも差し入れしてくれる女の子とかいるでしょう?」

「あー…まーな」

山本はぽりぽりと頬を掻いた。

「それがさ、この前応援にきてくれた女子が差し入れてくれた弁当で、うちのレギュラーが何人か腹壊してさ……味がまずかったとかじゃなくて、どうも傷んでたらしいんだよな」

「ああ…夏だもんね」

梅雨から秋にかけての時期は弁当が傷みやすいのである。
特に作ってから食べるまでに時間が空く場合は、保存方法にかなり気をつけなければならない。

「それでマネージャーと監督がカンカンになっちまって、差し入れは全面禁止になったんだ」

「そうだったんだ…」

気の毒に。真奈は心から同情した。
それは、貰う側にも上げる側にとっても辛いだろう。

「あ、悪い。あんまり引き止めてたらヒバリに怒られるよな」

また今度、と笑ってグラウンドに駆けて行く山本に手を振って、真奈は校舎の中に入って行った。

夏休みだから当たり前だが、校内はがらんとしていて人気がない。
階段を上がって応接室に行くまで誰とも出会わなかった。
途中、踊り場の鏡で身だしなみをチェックすることも忘れない。
何しろ、これから会う相手は雲雀恭弥なのだ。


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