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風紀財団の仕事の傍ら、ハロウィンの準備もしている。
ここ並盛にもハロウィンブームがやって来ており、町内会の子供達が仮装をして各家を回ることになっているのだ。
お菓子を用意している家は、カボチャのランタンを外に置くようにとのお達しが来たため、それ用に買ってきたカボチャの中身をくりぬいてランタンも作った。
かなりの数の子供達が参加するらしく、用意するお菓子もそれなりの量が必要だった。

目玉の形のゼリーが冷えたのを確認していたら、恭弥さんがふらりと台所に入ってきて、テーブルの上に並べられた目玉ゼリーに冷たい一瞥をくれた。

「最近の子供はこんなもので喜ぶの」

「ハロウィンですから」

「わからないな。僕は食べたいとは思わない」

「ですよね」

子供達も喜んで食べるというよりも、気持ち悪がりながらもきゃっきゃして楽しむといった感じだろう。
それを伝えると、恭弥さんは「ふうん」と言って、同じくテーブルの上にあったフィンガークッキーを摘まみ上げた。

「爪までついてる」

「頑張りました」

目玉のゼリーもだが、かなりリアルに出来たと思う。
うわあ!指だ!と驚く子供達の様子が目に浮かぶようだ。

「お腹すいたんですか、恭弥さん」

「別に。君が張り切ってるからどんなものを作ってるのか見に来ただけだよ」

「お仕事のほうは終わりました。確認しますか?」

「いや、後でいい」

そうは言っても、冷蔵庫を開けたりしているところを見るに、やはり小腹が減っているのではないだろうか。

「恭弥さん」

豆大福を差し出すと、素直に口を開けてくれた。
もぐもぐと咀嚼して飲み込む様子を確認してから恭弥さんにお茶を渡す。

「こっちはまともだね」

「恭弥さんのおやつ用に作ったものですから」

「そう」

お茶を飲んだ恭弥さんは満足そうに呟いた。

「君は学生の頃から変わらないね」

僕の欲しいものをちゃんとわかってる。
そう言って恭弥さんはまたお茶を飲んだ。

学生時代か。懐かしい。
並中で風紀委員になって恭弥さんに出会って、もう10年も経つのか。
卒業した後は当たり前のように恭弥さんの作った風紀財団に入ったから本当に長い付き合いになる。

「草壁さんの分もあるんですけど」

「哲は今日は戻らない。今夜は僕と君だけだ」

「そうなんですか」

なんだか言葉が不自然に宙に浮かんでしまった。
恭弥さんが湯飲みをテーブルに置いた音がやけに大きく響いた気がする。
草壁さんは云わば緩衝材のような人で、いつも気難しい恭弥さんの気持ちをよく理解して私達部下との橋渡しをしてくれていた。
その草壁さんがいないとなると、誰がこの人を止められるのだろう。
急に不安になる。

「やっぱり、データの確認をして下さい」

手を拭きノートパソコンを開こうとすると、恭弥さんの手が伸びて来て、パタンと閉じられてしまう。

「後でいいと言ったはずだよ」

恭弥さんとの距離が近い。
着流しの布地が私の手に触れている。

「真奈」

思わず後退ろうとして、バランスを崩してしまった。
あっと思った時にはもう転びかけていたのだが、素早く伸びて来た恭弥さんの腕に支えられて難を逃れることが出来た。
すぐに離れていくと思った腕が私の身体を抱いたままなので、少し焦りながら恭弥さんの名を呼ぶ。

「きょ、恭弥さん」

「君はいつまでもふわふわして危なっかしいから、僕が一生側にいて見張っていてあげる」

「あの……それって」

「二度は言わないよ」

すぐ目の前に恭弥さんの顔が迫る。
とっさに目を閉じると、ふ、と笑った唇が柔らかく重ねられた。

「ま、待って下さい、恭弥さんっ」

「いやだ」

本能で動いているこの人を私ごときが止められるはずがない。
抵抗虚しく、細身だけれど強靭な腕に抱き上げられた私を、テーブルの上に並べられた目玉達が見つめていた。


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